第195話 こちら世界の何でも屋~後編~

「……まぁ、そうなるか。アレだけ目の前で派手にやればそうもなるだろうな。ところで、いつから気が付いていたんだ?」


 ちょっとばかり芝居がかっているとは思いつつ、観念したように短く息を吐いて、俺は正直にアレスの問いを認めることにした。

 この期に及んで、ひと言ふた言挟んで誤魔化すような真似は必要なかった。


 相手に何やら並々ならぬ事情がある中で、情報の価値を測ろうとして自らの情報を出し惜しみするのは、たしかに一領地を拝する貴族として見るなら正しいことかもしれない。

 だが、それを盾に信義にもとるような行為は、たとえ甘いと言われようとしたくなかったのだ。

 まぁ、相手次第ではあるんだが。


「それはもちろん初めて会った時……って言えたら少しは格好もつくんだけどね。実のところは昨日の夕方かな」


 思ったよりも早い段階で気付いていたようだ。


「今でも君の素性に確信があるわけじゃないけどね。でも、そうだな……。察するに、ガリアクス帝国貴族……ってところかな? この情勢に興味を持ちそうな勢力はいくつか心当たりはあるけど、もっとも動きを見せそうなのは限られてくる。もしかすると聖堂教会の関係者かと思ったりもしたけれど、それでは隠れ蓑にしたって南方の種族であるエルフを連れている理由の説明がつかない」


 ちらりとミーナへ視線を送りながら推察を話すアレス。


 なかなかに鋭い。

 しかし、ここでミーナがエルフどころかハイエルフの王女だと告げたらどうなるだろうか。

 つい反応を見てみたくなるが、さすがにそこは自重せねばならない。


「そこまでわかっているなら、こちらも出し惜しみはやめにしよう。アレス、君を信頼するに値する人間として打ち明けるなら、俺はそちらの想像通りガリアクス帝国の貴族だ。名はクリストハルト・アウエンミュラー・フォン・ザイドリッツ。皇帝陛下より男爵位を賜っている」


 その瞬間、アレスの表情が固まった。


「……あー、よりによって今話題の人間が直接出てくるかぁ……。いや、想像してなかったわけじゃないんだがね。となると、彼女は『大森林』の王女か……」


 よほど予想外の人間であったのか、アレスはさっきの俺と似たような反応を示す。なんだか自分を見ているようで妙な気分だ。


「話題になってるってのは少々大げさすぎやしないか」


「……いやいや、その反応はおかしいよ。クリストハルト、君は――――」


「クリスでいい。親しい人間はそう呼ぶ」


 アレスの窘めるような響きの声を途中で遮って、俺は新しく淹れた紅茶の杯を勧める。

 落ち着いてゆっくり話そうという意思表示だ。


「……クリス、君は自分を過小評価しちゃいないか」


「そうか?」


「そうだよ。帝国がここ最近で新たな領土を獲得していない以上、辺境の開拓以外で領地を拝領できる可能性は非常に低い。爵位を廃されることはあっても、新設されることなんてありえないと思われていたことなんだ。それを僻地に近いとはいえ男爵位として叙爵されたことの意味は大きいだろうし、外から見る者はそう解釈するものだよ」


「過大評価じゃないのか。内情を知ってると、はいそうですかとは頷きにくいけどなぁ」


 僻地と言ってくれるところは遠慮がないなと俺は苦笑を漏らす。


「それだけじゃない。皇帝の縁戚である公爵家の令嬢とも婚姻を果たしている上に、並み居る大身貴族たちを差し置いて『大森林』の王女を降嫁させているときたもんだ。生き馬の目を抜くとはこのことだね」


 アレスの口からティアについての話題が出てこないがこれは仕方ない。本当の素性が出たら出たでえらいことになるしな。

 当人は少し不満げだが、口を挟むわけにはいかないと思っているのか静かなままである。


「だが、何故第三王子とあろうものがこんなことをやっている? 昨日の戦いだって流れ矢でも当たれば死んでたかもしれないんだぞ? 市政に紛れて世直しでもやろうってか?」


「そうだね。まぁ、世直しというにはちょっと違うけど、昨日も言ったようにこのまま放っておけば、将来的に第二王子が王位に就くことになる。しかしながら、それを望んでいない者も少なからず存在する」


 なにやら含みを持ったアレスの言葉。


「……まさかとは思うが、国王か?」


「ご明察。残念ながら、父王は第二王子が王の器であるとは思っていない。しかし、かと言って宮廷内では拡張路線を打ち出した勇ましい第二王子派が優勢だ。これを無理にひっくり返そうとすれば、間違いなくろくなことにはならない」


 アレスが言葉を濁す。少々歯切れが悪い。

 言いたかったのは、王の暗殺からの内乱……ってところだろうな。

 さすがに事実に限りなく近い予想とはいえ、それを実際に言葉へと出すことは憚られたのだろう。


「歴史を紐解けばわかることか。唐突な王位の交代ってのもそう稀なケースじゃないしな」


「そうだよ。だからこそ王は僕に言ったんだろう。「この戦を止めて見せよ」とね。今さら王になりたいなんて願望があるわけじゃないけど、そうも言ってられないのさ。このままでは国の将来が危うい」


 なるほど、そのために舞台を整えたということか。

 昨日の戦いの中で俺がノルターヘルン軍が本気じゃないと感じたのには、こういった背景があったのだ。


「少なくとも北伐の軍を精鋭揃いにしないで済むだけの理由はあったというわけか」


「実際問題として、北東諸国の政情が不安定なのは事実だからね。戦力を割くにも限界がある。あちらでもそう遠くないうちに戦になるんじゃないかと我が国は踏んでいるのさ」


 意外なところで新たな情報が手に入った。


 いや、

 アレスとしてもこの情報を帝国に渡しておくことで、もしもの時に帝国による介入をさせたいのだろう。

 現時点で帝国と王国の間には同盟どころか最低限の外交関係しかないが、それを改め得るだけのカードを持っていると見てよさそうだ。


「だからって、この状況下で戦いをどうにかする算段はついているのか? すでに戦は始まっているんだぞ?」


「まぁ、とりあえずふたつほどあるかな。ひとつめは北伐軍が壊滅すること。第二王子を含めてついてきた貴族が戦死する可能性まであるけど、それが起きずとも北伐が失敗に終われば、防戦ではなく侵攻を推し進めた第二王子派は発言力を失うことになる」


「だが、それではノルターヘルン軍自体の戦力の低下につながるな」


「そう。だからこれは僕としても望ましくない。そしてふたつめだけど、獣人たちとの講和だね。これが成功しても北方を鎮定すると意気込んだ第二王子派の面子は潰れることになる」


 この戦いのきっかけとなった侵攻。それを始めたのは獣人側からだ。

 ノルターヘルンから攻め込んだわけではないこともあって、然るべき名目があれば途中で止めることへの反発も比較的軽度に抑えられよう。


 それに、もし勝ったところで領地として得られる土地には正直なところ魅力はないと多くの人間は気が付いているはずだ。

 爵位を貰って領主になりたいと思っている傭兵くらいはいるかもしれないが、それはさすがに現実が見えていないと言える。


 むしろ、戦功と称しながら第二王子派以外の政敵を飛ばすための改易地にも使われかねない。

 そうなれば、北伐の成功を阻止したいと思っている貴族も少なからずいるはずだ。

 まぁ、そのための妨害行為こそが今回の軍の編成なんだろう。


「だが、侵攻を始めた側はやる気満々みたいだぞ? いくらノルターヘルンの王をはじめとした勢力が戦いを望まずとも、そいつらと講和なんてできるのか?」


 攻めてくる気満々の相手に「講和しようぜ」なんて言ったところで無駄だ。それどころかもっと強気になって攻めてくるに違いない。

 それを踏まえた上で、講和を引き出すためにやれるとしたら、それこそ獣人主戦派のトップをぶっ潰すくらいだろう。


 ……うん、なんだろう。こういう会話をする度に覚える猛烈にイヤな予感がしてきたんだけど。


「それをなし得る可能性を高めるために、キヤーノ……じゃなかった。クリス、君に協力をお願いしたいんだ」


 やっぱりそうきたか! ちくしょういつもこうだ! いつもこうなりやがる!

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