~第1章~幼さあまってヤバさ万倍

第19話 お前どこ中(チュー)よ?


 この世界に来て、早いもので8年が過ぎようとしていた。


 日々鍛錬に時間を割いているため基礎体力もそこそこつき始め、魔力も限界まで『お取り寄せ』で侯爵家にチート物資を供給するべく消費させては回復させることを日課としているため、結構なペースで容量が増えてきている。


 ちなみに、この世界の基本的な武術である剣については、いわゆる『貴族の嗜み』レベルの剣術ではいつか死ぬと思われるため、ブリュンヒルトから基礎的なところから教わることにした。


「前世の経験があるからか、なかなか筋がよろしい」とはブリュンヒルトの言葉だが、なぜ帝都にいたはずの彼女が侯爵領にいるのか。

 それはヘルムントと俺の発案によるものだった。

 イゾルデが聖堂教会異端派に狙われていることを体良く利用した『侯爵家の政治的な要求』で、聖堂騎士の実力者である彼女を侯爵領都の教会支部へ駐在させることに成功したのだ。


 俺の理想からすれば未だ最低限に近いが、来年から帝都の学園に通うため領地を離れる準備も整いつつあると言えた。


 そして、そんな中で起きたいくつかの大きな出来事。

 ただでさえ変化を遂げている運命がさらに変化するようなそれらに、俺は自身が足を踏み入れた運命の流れとでもいうべきものを感じずにはいられなかった。


 果たして、それらは全くの偶然だったのだろうか。

 あるいは、何らかの仕込みがあったのかもしれない。


 後になって考えれば考えるほど後者の疑念は強まっていったが、創造神と夢の世界で会うこともなくなった今となっては、それを確認する術は存在しなかった。


 そして、それらの出来事の最初の切っ掛けとなった男は、ほのかな血の匂いを伴って侯爵領に現れた。




 初めての遭遇は、侯爵家の裏──と言ってもかなり広く、その場所は都市のみならず屋敷からも離れた山手側であったが──イゾルデは魔法の訓練を、俺自身はやや成長した肉体で使える銃を選定するべく射撃訓練を行っている時であった。

 同時並行で『探知』の魔法も発動させていたため、最初にその存在を捉えたのは魔力の警戒網だった。


 余談にはなるが、俺にとってこの『探知』の魔法は、以前イゾルデの救出作戦時にも表現したように、人間搭載型のレーダーみたいなものだ。

 そんな現実の技術からのイメージがあるから、魔法士としての訓練を積んでいるわけもない俺でも、この上級魔法と言われる魔法を使いこなせているのだろう。

 技術として知っているからこそ走査式レーダーのような燃費の良い使い方が可能となり、その副産物として一部の属性を持たない魔法は、訓練を重ねることで身体に覚え込ませることができるという事実にも気付くことができた。


「ん? なんだ――――?」


 旅をして来たのか、森の方からフラリと現れたその男は、まっすぐに俺の下へと歩いて来た。

 それこそ盛大に鳴り響く音に対して、何も気にする素振りを見せることなく。


 何やら少々勿体もったいぶった気もするが、要は俺からしてみれば単なる銃声に過ぎない。

 だが、この世界には存在していないハズの連続する火薬の炸裂音を聴いて、なお平然と歩み寄って来る存在は、銃の存在を知っているヘルムントとブリュンヒルト、それに近くで魔法の訓練をしているイゾルデくらいしかいなかった。


 なにしろ、自然界には存在しない轟音とも呼べるものだ。

 獣はおろか魔物すら迂闊には近寄って来ない。

 人間に関しては、侯爵家の敷地ということもあって近寄って来ないのだろうが、それでも初見には相当な違和感を与えるはずだ。


 そのせいでフィーネとかいう俺のお付きメイドも職務放棄している次第であるが、俺自身が既に成人男性以上の危機管理能力とそれなりの戦闘力を保有しているため、ヘルムントからは黙認されている状態である。


 ゆえに、そんな状態にもかかわらず轟音の発生源に近づいて来るような存在は、ある程度限定されることとなる。

 身の丈180㎝くらいはあるだろうか。少し癖のある黒髪を伸ばし、後ろで軽くくくっている。無精ひげを生やした容貌の彫りはやや深いが鋭さも持ち合わせており、この世界の黒髪黒瞳の人種とは異なって見えた。


 また、帝国でほぼ100%の普及率を見せる中世風の衣類ではなく、左右から身を包みこむ着物のような──いや、間違いなく着物であろう衣服と腰から下に穿いた袴、それと最大の特徴として腰にいた2本の刀から、その男は侍を連想させる風貌をしていた。


 もしかするとこの世界にも侍に似た職業(あるいはどこかの国の民族固有の戦士など)があるのかと一瞬思ったが、その身長とかおの造りが見覚えのある部類に属していることに気が付いた。


 そう。言ってしまえば、地球時代の日本人に似ていたのだ。

 不意に、頭の中でパズルのピースがはまる音がした。


「なんでこんな世界に短機関銃サブマシンガンがあって、しかもガキがぶっ放してるんだ?」


 そして、いつしかすぐ近くまでやって来ていた男から発せられたその言葉、つまるところ日本語の呟きを受けて、俺の予想は確信へと変わる。


「あー……。もしかして、日本の方ですか?」


 そう日本語で尋ねながらも、目の前の男の身から発せられる気配は尋常なモノではなく、「どう見ても日本人そうなんだけど一応確かめるために……」的な物言いになってしまった。

 だってほら、もしも日本人ならあまりにも出来過ぎているじゃないか。中身日本人と、外見も中身も両方日本人が出会ってしまうなんて。


 それにしても、この男、魔力を肉体の強化に使っている──?


「……ほぅ、驚いた。まさか地球出身どころか御同輩がいるとはね。と言っても、見た目は到底そうは見えないんだが?」


 日本人か? という漠然とした問いではなく、「日本の人」という同輩に用いる喋り方と日本語からざっくり理解したのだろう。

 俺の見た目はともかく、日本の関係者であると。


「元日本人ですよ。死んで生まれ変わったらこの世界に、ね」


 その時点で同朋意識が芽生えたのだろう。話は予想だにしないほど進むことになった。

 俺にとっての情報収集という意味では、これでもかといった成果である。


 着物を着ているが、男の出身は21世紀の日本であること。

 そして、名を九鬼定正くきさだまさというらしい。

 なお、どんだけ物々しい名前をしているんだと思ったのは内緒である。


 ちなみに、なぜ平成と言わなかったかと言えば、第2次世界大戦の結末から別の世界線を歩んでいたらしく、元号さえも違うのだと言う。

 驚くべきことに、その世界ではなんと日本は敗戦を経ていないという事実であった。


 なんだかんだと日本は上手く立ち回り、連合軍との講和を経て戦争が終わると、今度は迷走を見せていた支那戦線に対して国内で厭戦感えんせんかんが生まれ始め、軍部に独裁化されかけていた中枢部もハト派のクーデターにより軟化→民主化するという異例の流れに突入。

 アメリカとの協議を行いながら支那戦線の逐次縮小を達成したのみならず、日英同盟が復活した流れで皇室制はほぼ立憲君主制へと流れていった。集中していた権力は内閣・国会・裁判所へと委譲。異例の速さで三権分立が確保されることとなる。

 また、世界の動きとしても日本が負けなかったために世界地図は大きく変わり、ソ連の共産主義の伝染のみならず日本が荒らして回ったアジア植民地の独立機運の高まりから、必然的ともいう流れで帝国主義の時代は終焉を迎えることとなった。

 しかしながら、世界の流れはどの世界線でもある程度似通っているのか俺のいた世界線の方向に少しずつ寄り始め、米ソ冷戦状態に突入。

 朝鮮戦争やベトナム戦争も起こったものの規模は遥かに小さくなり、日本が軍事力を喪失せずに西側陣営に参加できたこともあって軍拡競争はソ連に不利な形へ転がり、史実より早くソ連は崩壊し多極化構造に移行したという。

 簡単に言ってしまえば、ボロ負けしてGHQの占領政策を経なかった日本ということらしい。


 それゆえに剣術なども衰退せずに残っており、武道人口が多いということだ。


 ……だからってなんで侍のような格好をしているのかはまったくわからなかったのだが。

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