第266話 冬野つぐみは面接を終える

 つぐみがこれまでの里希の言葉、視線の動き、表情を観察するに。

 彼は品子に強い興味を持っている。

 一方の品子は、どうやら避けるまではいかないが距離を置いている様子だ。

 そう判断したつぐみは、里希をぐっと見つめた。

 

「今一度、言わせて頂きましょう。私は一条に、いえ」


 姿勢を変えることなく、目線のみを自分の後ろに立つ品子の方へと向けた。

 これで里希には伝わるが、品子には気づかれない。

 あえてあなた里希にだけ伝えたいのだという意思表示を出しておく。

 その意図が伝わったのだろう。

 つぐみの動きに、彼は品子の方をちらりと目にしてから、再びつぐみへと視線を向けた。


「私は、『蛯名様に』繋がりを結ぶことが出来ると考えております。いかがでしょう。これから私の行動をご覧になってから、不要かそうでないか判断してもよろしいのではないのでしょうか」


 これで品子には伝わらず里希だけに、品子との接点を自分が作ると伝えることが出来た。

 里希はつぐみの言葉を聞き終えると、静かに目を閉じていく。

 当初は不採用にするつもりでいたが、今のつぐみの行動により彼はそれを決めかねているのだ。

 ならば自分はさらに畳み掛けていくだけだ。


「もちろん仕事として守秘義務等は厳守していきます。一方できちんと情報を選択し、他の所属先との連携をきちんと取り、さらには一線を引き行動をする。そういった人物を蛯名様は求めておられるのではないですか?」


 その言葉に答えるかのように、里希はゆっくりと目を開けた。


「……確かにその通りだ。今回の事務方の補充は私の補佐役を求めてのことだからね。そう、君はそれに十分に値する人物であると自負しているわけだ」

「どうでしょうか? なおさらそれを知るためにも、私を見て頂ければと願います」


 こみ上げるのは、ここから逃げ出してしまいたいという思い。

 それを押さえこみ、つぐみは里希へと笑いかける。


「……少し、考えましょうかね。冬野さん、あなたの言う通りだ。では君には僕の補佐にふさわしいのか、自身が語った言葉に責任を持てるのか」  


 そう語りながらファイルから一枚、紙を取り出す。

 更にスーツの内ポケットからペンを出し、何かを書きつけていく。


「合格とまでは言いません。あなたには一度、僕の仕事に同行してもらおう。いわば実技試験、といったところだね」


 差し出された紙を両手で受け取ると同時に、品子から声が掛かる。


「では今日の面接はこれで終了だな?」


 品子は里希と一度も目を合わせることなく、背中を向け部屋を出ようとしている。


「そうですね。僕はもう彼女に用事はありませんから。冬野さんお疲れさまでした。次に会う時には言葉通りの行動をしてもらえるのを期待しているよ」


 何か答えなければ。

 つぐみはそう考え里希の顔を見つめるが、次の言葉を出せなくなってしまう。

 

 とげとげしい品子の口調にもひるむことなく、里希は淡い笑みを浮かべ答えていた。

 けれどもその瞳は。

 足早に部屋を出ようとする品子の後ろ姿を追う視線は、あまりに哀しい。

 

「冬野君、行くよ」


 振り返り扉の前で待っている品子の声に促され、つぐみは里希へと礼をして後を追う。

 つぐみの手により閉じられていく扉の向こうで、里希はずっと二人を見続けている。

 その視線を受けつぐみは思う。


 見つめているのは『自分達』ではない

 彼はずっと。

 ただ品子だけを見つめ続けていたのだと。



◇◇◇◇◇



 扉を閉め、つぐみは品子の顔を見上げた。

 品子の顔色は怒りによる興奮のためだろうか。

 赤く染まった顔でつぐみの顔をじっと見つめた後にため息をつく。

 額に手を当てると、新たに先程よりも大きなため息を生まれさせながら言葉を出す。


「君は何という無茶をするんだろうね。この十数分で私は寿命がかなり縮んだよ」


 心配をかけてしまったことをつぐみは謝罪する。


「すみません。でもとりあえずは記憶を消されることもなく不合格にもなりませんでした。これで少なくとも靭さんが処罰対象になる事はありませんよね?」


 つぐみの言葉を聞き、品子は苦笑いを浮かべた。


「全く君って子は。相変わらず自分よりもまず他人のことを心配するのだね。あぁ、その通りだよ。面接は終わった。だから惟之には何のペナルティーもないさ」


 品子の話を聞き、ようやくつぐみもほっと息をつく。

 思わずその場にしゃがんでしまいそうになるが、ここでゆっくりもしていられない。

 すぐにでも明日人と惟之に、この状況を説明せねばならない。


「先生。とりあえずは井出さんと合流をして、このことを報告しないといけませんね」

「あぁ、何よりもまずこの一条の管理地から出よう。その後でゆっくりと話をすればいい。ここは……、ここでいろいろと話をするのは何かと都合がよくないのでね」


 監視カメラでもあるのだろう。

 品子と並んで歩きながらも、その言葉が気になりつぐみは、ついおどおどとしてしまう。

 思わず辺りを見回したつぐみの目は、吸い寄せられるように前へと向けられる。


 そこには自分達の方へ向かってくる高辺の姿がある。

 立ち止まり、つぐみは彼女へ向かい会釈をしていく。

 高辺はつぐみへと微笑を浮かべ、何を言うでなく同様に会釈をして通り過ぎていった。


 高辺を見送り、自分たちの向かう先を見れば、明日人と見知らぬ女性が並んで立っている。

 だが少し様子が変だ。

 明日人がこちらに向けている顔が、つぐみには怯えの表情に見える。


 明日人の隣に立つ女性は、眼鏡越しに見える切れ長な瞳に知的な印象を受けるとても綺麗な人だ。

 一つ一つのパーツがはっきりしていることもあり、気の強そうな人物につぐみの目には映る。


 とにかくも明日人は心配してここまで来てくれたのだろう。

 つぐみの隣では品子が彼の存在を目にしたことで、ほっとした表情を浮かべている。

 まずは説明をと考えた二人は、明日人の元へと再び歩き出して行くのだった。

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