第159話 待ち人 驚く事あり
冬野つぐみは、悩んでいた。
待ち人来たらず。
おみくじに書いてありそうな文章が自分の頭に浮かんでいる。
ヒイラギの目覚めから数日。
いまだ小さなさとみがつぐみの元に来る様子は無い。
自分なりに考えて砂糖水を作ったり、蝶の動きを真似してみたりと出来ることはやってきたのだ。
彼女が来てくれる為の挑戦はしてはいるものの、まだ努力が足りないということか。
「うわー、どうしたらいいんだよー!」
答えが見つからず、つぐみは思わず叫んでしまう。
「ふ、冬野君? どうしたの?」
つぐみの声を聞き、品子が部屋を覗き込んできた。
「す、すみません! ちょっと取り乱してしまいました。どうしたらさとみちゃんは来てくれるのかなぁって、考えていたらつい……」
品子はうなずきながら、部屋へ入って来る。
そうして見上げるつぐみの頭をゆっくりとなでてから口を開く。
「悩んでいるねぇ。まぁ若いうちはいろいろと悩んだ方が、大人になったときにその経験が助けてくれることもあるからね。……さて、冬野君。君はさとみちゃんが来てくれないのは、どうしてだと思う?」
自分の目を見て品子は答えを待っている。
真っ直ぐに見つめ返し、つぐみは答えていく。
相手の目をきちんと見て話す。
以前の自分には出来なかったことだとつぐみは気づく。
これがきっと、自分の成長の証なのだ。
「そうですね。いま思いつくのは私に対して、まだ心を許していないからとか。……あまり考えたくないですが、私が受け入れてもらえる資質が無かったからでしょうか」
話していくうちに、つぐみの心がちくりと痛みはじめる。
皆と違い、発動の力を持ち合わせていない自分。
数日前の倉庫での事件の時もだ。
トラブルを引き起こし、かき回すだけで皆の発動に助けてもらっただけ。
そんな自分に彼女を受け入れる資格はないから、彼女は来ないということか。
「うんうん。なるほどね。ではその君の答えをふまえて、これから君はどうするんだい? どう動いていくのかな? ……あれ? 冬野君?」
痛い痛い、心が痛い。
どうしよう、自分は無力だ。
自分は、……何も出来ない。
そのこみ上げる感情のまま、つぐみは品子に思いをぶつけていく。
「せんっ、先生っ! 私は、私には発動の力がありません。無力なのです。だから? だからさとみちゃんは来てくれないの? 私がヒイラギ君や室さんみたいにきちんとした力が無いから、さとみちゃんは嫌なのですか?」
「いや、そういう訳ではなくてね。えっと、これはどうしたものか……」
品子からの戸惑い気味の声が聞こえてくる。
彼女が困っているのが分かるのに、つぐみは自分が止められないのだ。
鼻がツンとして、息が上手に吸えない。
こんなところで泣いてはだめだ。
分かっているはずなのに、両目からは涙が出てきてしまう。
「わた、私は、わだじぃ、ううっ……」
「あの、ごめんね、冬野君。君を泣かせるつもりは無かったんだ。本当だよ。あぁ、どうしよう!」
つぐみは頭を抱えられるようにして、品子に強く抱きしめられる。
「……品子姉さん、何をしているのですか?」
つぐみに聞こえてくるのは、とても冷たい声。
ぐすぐすと鼻をすすりながらつぐみが見上げた先には、シヤとヒイラギの姿があった。
「し、シヤ? あのこれは何というか、その……」
「先程、泣かせるつもりはと言っていましたね。つぐみさんに何をしたというのですか……?」
「品子、お前やっていいことと悪いことくらい、大人なんだから分かるはずだよなぁ?」
「えぇ、ヒイラギまでそんなこと言うの? いや、確かに原因は私だけれど……」
つぐみを抱えたまま、品子はおろおろとしている。
二人を勘違いさせたことに気づいたつぐみは状況を説明しようとするが、泣いているせいでうまく言葉が出せない。
「じがうんでず。ぜんぜいがわるいばけでは……」
「『しなこぉ!』」
二つの声が品子の名前を呼ぶ。
二つのうちの一つの声は、ヒイラギだ。
その彼は驚いた顔をして、その場で立ち尽くしている。
隣のシヤも何があったんだという顔で、きょろきょろと周りを見渡していた。
品子は「あちゃー」と言わんばかりの顔で、つぐみの方を見ている。
つぐみはといえば鼻をすすりながら、シヤと同じように周りを見渡すことしか出来ない。
つぐみに聞こえた声は女の子の声だった。
だが該当する年代の子は、ここにはシヤしかいない。
だがシヤは品子を「しなこ」と呼び捨てにするはずがないのだ。
なによりそのシヤが今、驚いている。
つまりは彼女ではないということだ。
『しなこ! なぜ冬野を泣かす! いじめるのはだめだ! しなこはせんせいだろう!』
どこからともなく声が聞こえる。
同時に窓ガラスから聞こえる、小さく何かが当たるような音に導かれるように、皆が窓へと目を向けた。
そこには小さな白い蝶が窓ガラスに体当たりをするかのように、何度もぶつかっているのが目に入る。
驚いてその蝶を眺めることしか出来ないつぐみに代わり、品子が歩み出し窓を開く。
蝶はするりと入ってくると、白い光を放ちながらどんどん大きくなっていく。
やがてそれは人の形になり、一人の少女がそこから現れる。
つぐみがずっと待っていた、来てくれると信じていた女の子。
白いワンピースを着たその少女、さとみがつぐみの前に立っていた。
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