第27話 人出品子は歌う

「では今、思っていることをどうぞ。冬野君」


 混乱から立ち直れないままのつぐみの前で、品子が笑いながら問うてくる。


「おっと、そんな中途半端なところで立たせているのも悪いね。こっちのリビングにおいで」


 品子はつぐみを台所からリビングに連れてくると、ソファーに座らせる。

 ふわふわとした座り心地に対して、つぐみの緊張感は一向に落ち着かない。

 冷静になろうとつぐみは目を閉じて深呼吸をする。

 二回それを繰り返した後、つぐみは口を開いた。


「ま、まずは……。この保冷バッグの中身を、どうして知っているのか疑問に思いました。ですが私が眠っている間に、これは確認することが可能です」

「そうだね。ではこれを考えてみてくれるかな? ヒイラギ」


 台所の椅子に座ってリビングを眺めていたヒイラギに、品子はつぐみの膝に置いた保冷バッグを指差した。


「それ、取って」


 え? と思った瞬間、つぐみの膝の上が軽くなる。

 慌てて下を向くが、先ほどまであったはずの保冷バッグがない。

 周りを見たり足下を見るが、落とした訳では無いようだ。

 まさかと思いヒイラギのいる台所を見る。

 彼は相変わらず台所の椅子に座っていた。

 ――手につぐみの保冷バッグを持って。


「そんな……」

「はいっ、ここで問題です。ヒイラギはどうやって君の膝の上から、保冷バッグを取ったのでしょうか?」

「……わかりません。まるで人知を超えたというか」

「はい、正解。おめでとうございま~す。というわけで冬野君には、人知を超えた力を見てもらいました~」


 パチパチと拍手をしながら、品子はつぐみへと笑顔を向けた。


「あの、先生。何を言っているんですか?」

「何をって。おおっと、ごめんごめん。欲しがり屋さんの冬野君にはまだまだ足りなかったね。おっけいおっけい。第二問といこうか」


 たたみかけるように話し続ける品子に、つぐみは何も言うことが出来ない。


「では第二問。今から歌う歌は何という曲でしょうか?」


 にやりと笑うと、品子は歌いだす。


「ふんふふ~ん、ごまあぶら~。豚肉ぅ~。バラ肉のバラって何さ~」

「はんはは~ん。大根~。昔「オオネ」と呼んだのは私だけの秘密~」

「そ、そ、そ、それは……」


 言葉が続かない。

 昨日の夜に即興で作った歌を、なぜ品子が知っているのだ。

 混乱した頭を整理しようとつぐみは思考を始める。


(まずは。このセンス皆無かいむの歌を、臆面おくめんもなく歌える先生は一体。……いやいや! 違う違う!)


「おっ、落ち着け! 私! そもそもの考えが、おかしくなっているから!」


 出すつもりのなかった言葉がこぼれ、皆が一斉につぐみの顔を見た。

 恥ずかしさで、つぐみの顔が一気に赤くなる。

 混乱した頭で、ようやくひねり出した答えを品子へと伝える。


「と、盗聴器ですか?」

「ブッブー、違います。まぁ、それも準備できるけどね」


 さらっと恐ろしいことを言いのけてから、品子は立ち上がる。


「というわけで、いろいろと見たり知ったりしてもらった訳なのだけど」


 品子が自分の隣に座ると、片手をソファに預け足を組む。

 そのまま余裕をたたえた表情でつぐみを見つめてくる。


「私達は普通の人間ではない。これは事実。そして君は今それを知った。さぁ、どうする?」



◇◇◇◇◇



 どうする、と言われた。

 答えなければいけないと理解は出来るのだが、目前で起こった一連の出来事につぐみの頭は全く働いてくれない。

 手品やトリックといったことも考えたが、ヒイラギの手元に移った保冷バッグはそれでは説明がつかない。

 信じがたい話だが、品子の言っていることは事実だとつぐみは結論付けた。


「私なりに理解はしました。先生方には何か不思議な力があると」

「相変わらず理解が早くて助かるね」

「ではこちらからも質問を。どうして私にこのことを教えたのですか? 私が他言する可能性もあるのに」


 つぐみの問いに品子は「ふむ」と小さく呟いた。


「理由は二つ。君が私達に協力するとしよう。これから見せる資料やら話やらで、どうしてこれが手に入っているかと君に聞かれるだろう。そうしたら結局、力の存在を言わなきゃいけない。それにごまかしたところで、いずれ君はその観察力で私達の力に気づくと思う。その間に君の行動で、それこそ他の人に気づかれる可能性もあるからね」


 ふぅと息をつき、品子は続ける。


「もう一つの理由。これを見て君が自分の常識を超えたものに対し恐怖などを覚え、自分は関わらない方がいいと判断するかもしれないから。あと他言するかって件においては、今までの君を見てて考えにくい。本人に言うのもなんだけど、お人好し過ぎるからねぇ、君は」


 品子はソファーから離れ、自分の鞄からいくつかのファイルを取り出し始めた。

 それらをつぐみにかざしながら、品子はゆっくりとした口調で尋ねてくる。


「改めて聞くよ。君はどうしたい? このまま話を続けるか、それとも今日を無かったことにして家に帰るか」


 品子を見つめ、つぐみはぐっとこぶしを握り締める。

 混乱は時間が経つにつれ、収まるどころか増していく一方だ。

 それでも分かっていることが一つだけある。

 だからつぐみはその思いに従い、答えを出すことにした。


「私の。……私の、答えは」

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