第26話 人出品子は料理を振舞う

「やっぱりさぁ、眠り姫を起こすのは王子様の役目だと思うんだよね~」


 大はしゃぎしている品子に、ヒイラギとシヤは無言で冷たい視線を送り続ける。

 それなのに品子は、全く動じようともしない。

 それどころか布団に寝かせたつぐみの周りで、わけのわからない話をしたり、彼女の頬をつんつんと突いたりする始末だ。


「全く起きないけど大丈夫なのか、その人?」


 らちが明かないと判断したヒイラギは、品子の隣に座った。


「いや~、思ったより発動が強かったかなぁ。あの時この子を、すごく動揺させてしまったみたいだし」

「何やらかしたんだよ?」

「別に。ただ耳元で『君を、私だけのものにしたくなるね』って言っただけ」

「うわぁ、可哀想に……。免疫めんえき無かったんだなぁ」


 自分も人のこと言えないけれど。

 そう思いヒイラギは、つぐみに憐みの眼差しを向けた。


「ところでヒイラギ君。君がここに座った。つまりは……」


 そう語る品子にヒイラギは胸騒ぎを覚える。


「やっぱり王子様は眠り姫にお目覚めのキ……」

「早く起こせよ。どうせお前の再発動まちなんだろ?」


 ヒイラギは満面の笑みで、隣にいる品子の頬を片手で思いきり挟む。

 足りない思いを感じ力を加え続けた為、もはやそれは握る状態となっている。

 それでもヒイラギはまだ足りないと力を加え続け、次第に品子の顔を握りつぶしていく。


ひらい、ひたい、ひいたひヒイラギ、ひたいよー」

「『ひ』ばっか言ってねぇでとっととやれ」

「ちぇ~、従弟にしいたげられて可哀想な私」


 パチンと品子が指を鳴らす。

 しばらくして布団がもぞもぞと動き、「ん」という声が聞こえてきた。

 何となく気恥ずかしさを覚えたヒイラギはその場から離れていく。


「あ、あれ、私? ここは?」

「やぁ、冬野君。目が覚めたね」


 にこやかに品子はつぐみに応対していく。


「どうやら極端な緊張をさせてしまったせいかな? 君が倒れてしまったので、学校から連れてきてしまったよ」

「え! そうなんですか! すみません。どうしよう私。……ご迷惑を、かけてしまいました」

「大丈夫さ。君が気にすることではないよ」


 連れてきた本人が、その倒れた原因。

 そんなこととはつゆ知らず、品子に米つきバッタのようにつぐみは謝り続けている。


「それではここは、先生のお宅なのでしょ……」


 その時になってようやく、ヒイラギとシヤの存在に気付いたようだ。


「え、ヒイラギ君とシヤちゃん? こんにちは。っていうかこんばんは? あれ? 今、何時?」


 かなり動揺しているようだ。

 支離滅裂しりめつれつな挨拶をつぐみは自分達に始めている。


「あああ、すみません。お邪魔してます! っていうかしてました。なのかしら、この場合?」

「……品子。この人、頭とか打っちゃった?」

「いや。ちゃんと支えたから、大丈夫なはずだよ」

「あ、そうです。急に眠気というか。意識がなくなりかけて、そしたら先生が支えてく……」


 言葉が途絶えた為、つぐみへと目を向ければ、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

 その時の状況を思い出したのだろうとヒイラギは悟る。

 つぐみの口はパクパクと動いてはいるが、言葉が全く出てこないようだ。

 そんな彼女を、品子は面白そうに眺めている。


(……何だか、もう可哀想だ)


 そう思ったヒイラギは話題を変えるため、再び品子の隣に座ると口を開いた。


「それで品子が、うちに連れてきた。品子の部屋よりこちらの方が学校から近かったから」


 場の空気が変わったことにほっとしたのだろう。

 ぺこりとつぐみはヒイラギに礼をする。


「いろいろありがとうございます」


 そう言ってふわりとヒイラギに笑いかけてくる。

 その笑顔にヒイラギの心には混乱に近い気まずさが襲いかかり、思わず目をらしてしまう。


「ねぇねぇ、冬野君。いろいろってどんな意味か……」

「品子。もう一度、顔のマッサージやってやろうか?」

「イイエ。ケッコウデス」


 変な敬礼のポーズをして、品子はヒイラギから離れていく。

 そんな品子を見送りながら、ヒイラギはどうやって話をしていこうと考える。


「おい、今日の……」


 グルルルルと低い音が聞こえた。

 思わずヒイラギは音の原因の方を、つまり布団の方を見てしまう。

 そこにはやっと顔の赤みが引いていたにもかかわらず、また新たに赤みを増したつぐみの姿があった。

 今にも泣きそうな表情で、ヒイラギを見上げたその顔は。

 布団で顔の下半分を隠し、恥ずかしさから来ている、うるんだ瞳で見上げたその姿に。


(ダメだ! 俺には、刺激が強い)


 そう感じたヒイラギは、赤面し目を逸らしてしまう。

 そんな自分の横からは、無駄に元気な声が響いてくる。


「何だ! そうだよね。もうすでに、午後七時過ぎ。お腹がすいていても、しょうがないよな!」


 いつの間にかヒイラギの隣に来た品子が、ワシワシとつぐみの頭を撫でている。

 下を向きしょんぼりとしているつぐみの姿は、今にも消えてしまいそうだ。


「そうだな。そろそろ夕飯にするか。あんたも食ってくだろ?」


 立ち上がりながら、ヒイラギはつぐみに尋ねる。


「あ、あの。でしたら実は私、今日はたまたまおかずを持ってきてるんです。それでよかったら、一緒に食べてもらってもいいですか?」

「そうか! そうだな! まずはみんなでご飯を食べよう。話はそれからだね。腹が減っては何とやらだ!」


 機嫌よさそうに、品子はシヤにお米足りる? 解凍してね~。などと声を掛けている。

 今日は人が多いから、おかずはもう少しあった方がいいな。

 冷蔵庫に、何があっただろうか。

 そう考え台所に向かおうとしたヒイラギの鼓膜こまくに品子の声が届く。


「そうだ。せっかくお客さんがいるのだから、何か私も作ろうかな?」

「待て。ちょっと待ってくれ」


 品子の提案に、ヒイラギから悲鳴に近い声が発せられる。


「わぁ、先生の料理が食べられるのですか? すごい! 嬉しいです!」


 一方でつぐみは、嬉しそうに品子へと返事をしている。


「いやいやいやいや待て。かなり待て」


 そんなヒイラギの声は、品子とつぐみの会話にかき消されていく。


「いつも冬野君の美味い料理を食べてばかりでは、不平等というものだよな!」

「そんな、もう! 先生は、いつもそうやって! お世辞がお上手なんですから!」

「ははは。たまには恩返しをしないと、ご先祖様に怒られてしまうからね」


 ご先祖様、頼むから少し時間を戻してはくれないだろうか。

 そう思いながら助けを求めるように、ヒイラギは台所にいるシヤを見つめた。

 シヤはヒイラギと目が合うと同時に、品子に向かって言う。


「ピ、ピザが……。私は今日は、凄くピザが食べたい気分になって、……いますっ!」


 絞り出すように出したシヤの言葉に品子は笑う。


「はっはっは、シヤ! ピザなんて、いつでも食べれるじゃないか。今日は私が、腕によりをかけて作っちゃうぞ~。お、豚肉があるな。これで何か作るとしよう! シヤは、ご飯の解凍を続けてくれ!」

「駄目だ! おい、シヤっ! 何だか今日は、品子の勢いが強すぎる。このままではっ……!」


 ヒイラギの絶望を知ったかのような声に動ずることなく、つぐみはウキウキとしている。


「せ、先生の手料理なんて、きっと大学の誰もが食べたことがないんじゃないかな? わぁ! 私って今、物凄い体験してるかも」

「……あぁ、物凄い体験できるぜ。品子の、品子の料理はなぁ……」


 ヒイラギは、力なくその場にしゃがみ込み呟いた。

 

 十数分後、皿の上には命を燃やし尽くした黒い物体が載せられていた。


「おっかしいなぁ? なんか火加減を間違えちゃった感じなんだよね~」

「……品子姉さん、間違えたのは、火加減だけじゃないと思います」


 可哀想な物体の前で品子とシヤが話をしている。

 先程までウキウキだったつぐみは、リビングのテーブルの上の料理を目にして顔面蒼白がんめんそうはくになっていた。


「赤くなったり青くなったり大変だな」


 つぐみに一言、声を掛けてヒイラギは台所へ向かう。

 

「まぁ、起こってしまったものは仕方ない。確かまだ卵があったからそれで何か作るよ」

 

 ヒイラギは、皆にそう声をかけると台所へと向かう。 


「あの、私に何か作らせてください」


 そんなヒイラギの背中から、か細い声がかかる。


「いいよ、いつも俺が作ってるから。一応まだ、体が回復してないといけないからな。あんたは、もう少し座っててくれ」


 ぶっきらぼうにしか言えない自分の口調。

 それを恨みながら、振り返らずにそのままヒイラギは料理の準備を始める。


「だ、だったらこの持ってきた料理。温めさせてもらってもいいですか?」


 保冷バッグを持って、ヒイラギの元へと向かうつぐみに品子が声を掛けた。


「……そうだね。ではその美味しい『豚バラ大根』を是非、頂こうじゃないか」


 いつもと違う、品子の低い声。

 台所に向かおうとしていたつぐみは足を止め、見せてもいないはずの料理を知る品子の方へとゆっくり振り返る。


(……飯を食ってから、話すんじゃなかったのかよ)


 そう思いながらため息をつき、ヒイラギはフライパンの火を止める。


「さて、第三の理由にいこうか。冬野君」


 宣誓のごとく高らかに言うと、品子はつぐみの前に立つのだった。

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