第25話 木津ヒイラギは怒る

「うっはぁ、お姫様だっこだぁ! ヒューヒュー」

「あほか! 仕方ないだろう。こいつ意識が無いからこうするしかないだろう!」


 指定された第三駐車場には誰もいない。

 つぐみを品子に任せると、ヒイラギは草むらに置いていた荷物を取りに向かう。

 鞄の外側に付いていた枯れ草を払い、改めて様子を見る。

 ファスナーのある鞄なので、虫などは入ってこなかったようだ。

 荷物を後部座席で眠る彼女の横に置き、ヒイラギは助手席に座る。

 車を発進させた後も、品子が妙にニヤニヤと笑っているのがヒイラギにはどうも気に食わない。


「……何が、おかしい?」

「いやいや。だって年頃の男の子が、年頃の女の子と二人っきりの密室でしょ? これってさぁ」

「誰が密室で、何だって?」

「い、痛いです。ヒイラギさん。運転中の人のももをつねるって、人として間違っていると思いませんか?」

「まず、お前の心根が間違っているということに気付けよ」

「ひどい! これでも教職員として、生徒の日々の成長を見守りながら、一生懸命に生きているのに!」


(駄目だ。こいつを相手にしていると、無駄に精神が削られていく)


 いつもの品子のペースに乗せられるのを嫌ったヒイラギは、話題を変えようと口を開く。


「それで、これからこの人をどうするの? 家まで送っていくなら俺、先に一人で帰るけど?」

「え~、いやいや。今からこの子を連れて、君達の家に向かうつもりだよ~」

「……なんで?」

「えっ、やだー。声がこわーい。そんなんだから女の子とお話し出来な……」

「ふざけるな! こいつを巻き込むのか?」


 こみ上げる怒りのまま左手の拳を車のドアに強く叩きつけ、ヒイラギは品子にどなりつけた。

 だん! という大きな音が響くが、品子は全く動じていないようだ。


「巻き込むじゃないよ~。彼女は自ら協力したいと言ってくれているんだよ~」

「だって! こいつは普通の!」

「彼女はね」


 ヒイラギの言葉を遮り、品子が続ける。


「その『普通』なのに、千堂沙十美の携帯を私が持っていること。彼女に何か起こったであろうということを、たった一人で導き出して私の所に来たよ」

「……え、こいつが?」


 思わずヒイラギは後ろを振り返る。

 相変わらず眠り続けている、つぐみの姿がヒイラギの目に映る。


「全くさ~、うちの解析組かいせきぐみもダメダメだよね~。彼女がたった数日でここまで来てるっていうのにさ。見習ってほしいよね。特に無駄に目ぇ垂らしてるあいつとかさ~」


(……うわ、惟之これゆきさん、すげぇとばっちり受けてる)


 その場にいない自分の仲間に、ヒイラギは心から同情する。


「こいつは発動の事は?」

「まだ知らない。教える前に寝かせちゃったから」

「寝かせたって、お前さぁ」

「だからね。その力を見て、判断してもらった方がいいと思った。それで断ってくれるならとも考えてるし」


 品子は淡々とヒイラギに語る。

 その横顔からは、どういった意図いとがあるのかヒイラギには全く分からない。


「私だけではなく、他の人のも見せればもっと説明しやすいし」

「それでうちに来るのかよ」

「そうでーす」

「シヤが何て言うかねぇ」

「わかんなーい。でも説明する必要は無いから、話は早いと思うよ」


 言われて後ろを振り返り、眠っているつぐみの左手にヒイラギは目をらす。

 彼女の左の手のひらに浮かぶのは、かすかに揺らめく青い光。


「……何だよ、知らなかったの俺だけかよ」

「まぁまぁ、怒らないでよ~。シヤ~! もうすぐ愛しの品子さんが帰るからね! リビングに、この子を寝かせる用の布団を敷いておいてね~」


 嬉しそうに話している品子の声を聞きながら、ヒイラギは後ろの席を眺める。

 何も知らないで、つぐみは静かに眠り続けている。


「利用される位ならば……」


 品子に聞こえないように、ヒイラギは小さく独り言を呟く。

 その後に続けようとした言葉を慌てて飲み込む。

 

 ――もういっそこのまま、目を覚まさないでいた方が、こいつの為にはいいのではないか?


 自身が今、考えていた内容に驚きながら、ヒイラギはふるふると首を振る。


「どうしたんだい? まるで『このままこの子が目を覚まさなきゃいいのに。え、俺って今、何を考えて……』って思っているかのようなその動……」

「あ・ん・ぜ・ん・う・ん・て・ん・だ! お前はそれだけ考えていろ!」

「痛いっ、ヒイラギさん。運転中の人の頬をつねるって、人として間違ってひるとおもひませんか?」

「思わねーよ!」

「ひどいわ。これでほっぺたがびろーんてなったら、お嫁に行けなくなっちゃう!」

「まずお前の心根が直らない限り、その嫁の行き先とやらにたどり着けないということに気付けよ! もう限界だ! お前の相手なんてしていられない!」


 ヒイラギはどかりと音を立て、座席に大きくもたれかかる。


「寝る! 着いたら起こせ!」

「あら、寂しいわ~。でも若人わこうどは、睡眠も大事よね~」

「あと、その変な口調やめろ」

「はいはい。……今日は手伝ってくれてありがとな。おやすみ」


 ポンポンと品子は優しくヒイラギの頭に触れる。


(やめろよ、もうそんなことをされる子供じゃない)


 そう思いながらも、ヒイラギはそれを口には出さない。


 ……まだ、『嬉しい』と思う自分。

 それを心の中にヒイラギは感じていたのだった。

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