第九章 彼らの動き方

第343話 靭惟之は約束する

 テーブルの上で鳴り響くスマホの音に、惟之これゆきは目を覚ます。

 慣れない行動に疲れていたようで、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 苦笑いを浮かべ、ソファーから立ち上がると、スマホを手に取る。

 ボタンを押せば、ヒイラギの声が聞こえてきた。


「惟之さん。品子しなこと冬野って今、一緒にいる? まだ帰ってこないんだけど」

「いや。俺は今、自宅だよ。確か二人は一緒にスイーツを楽しん……」


 惟之は言葉を途切れさせた。

 部屋の時計は、午後六時過ぎを示している。

 話が弾んだとしても、この時間に帰宅していないのはおかしい。

 品子はともかく、几帳面きちょうめんな性格のつぐみが一緒にいるのだ。

 この時間まで、ヒイラギ達に連絡もせずにいるのはありえない。

 ヒイラギには、折り返すと伝え一旦、電話を切らせてもらう。

 出雲いずもへと連絡を取り、ホテルへの確認を頼むと自身も品子達へと架電してみた。

 電話は繋がることなく、電源を切っているアナウンスが受話器から聞こえてくる。

 

「どういうことだ? これは、これではまるで……」


 嫌な予感を覚え、鷹の目の発動をするために意識を集中させていく。

 だが、再び鳴り出したスマホの画面に、出雲の名前が映し出される。

 発動を中断させ、惟之は通話ボタンへと手を伸ばした。

 

「出雲か。どうだ、そちらの……」


 惟之の言葉を遮り、出雲は一方的に話し始める。


「惟之様。……おそらくこれを最後に、私は連絡が取れなくなります。可能な限りお伝えしますので、聞いてください」


 いつもは冷静な彼女から、早口で語られる内容に心臓がどくりと跳ねる。


「品子様と冬野さんは誘拐されたと考えられます。ホテル側に監視カメラのデータを求めましたが、拒否されました。別の組織、あるいは」


 出雲は言葉を途切れさせ、ためらいがちに続ける。


白日はくじつ内の何者かが、ホテル側に介入かいにゅうしたと思われっ……」

「おいっ! どうした出雲!」


 惟之の耳には、出雲の足音と荒い息遣いが聞こえてくる。

 

「私、走るのは得意ではないのですけどね。今回の件、おそらくは組織内のものです。私は私で動いていきますので。どうかご無事でい……」


 出雲の言葉を最後まで届けることなく、電話は切れてしまった。

 かけ直したところで、再び彼女に繋がることはないだろう。


 急がねばならない。

 いずれ自分にも、出雲のもとに来た奴らがやってくる。

 ホテルに協力を求めることは出来ない。

 本部に行けば、間違いなくそのまま拘束される。

 ならば自分が向かうべき場所は。

 惟之はヒイラギへと電話をかけながら、車の鍵を掴む。 


「ヒイラギか? 今からそちらにいく。俺以外の人間が来ても、家に入れないでくれ。頼んだぞ」



◇◇◇◇◇



 木津家に着いた惟之は、つぐみ達が何者かにさらわれたこと。

 おそらく相手は、組織内の人間であることを説明していく。


「二人を守れなかった。申し訳ない」

 

 ヒイラギとシヤに、惟之は頭を下げる。


「違うよ、惟之さん」


 ぽつりと呟くヒイラギに、隣にいるシヤも同意する。


「惟之さんが悪い、そんな話ではないのです。私達と同じように。いえ、それ以上に惟之さんは心を痛めているのでしょうから」


 シヤの言葉を受け、惟之は弱々しい笑みを浮かべる。


「組織の力を使い、個人的な都合でホテル側に介入かいにゅうした。これにより俺と出雲には、なにかしらの懲罰ちょうばつが課されるだろう。そこでお前たちに頼みがある。品子達を探したいだろうが、どうかこらえて動かずにいてほしい。お前達が動けば俺たち二人の立場が、……悪くなるんだ」


 あくまで自分達の保身のため。

 そう伝える惟之に、シヤは首を横に振る。


「違いますよね、惟之さん。私たち兄妹が暴走しないように。守るために、そんなふうに言ってくれているのでしょう?」


 惟之を見上げるシヤの頭に手を置き、ヒイラギが口を開く。


「そうだよ、惟之さん。大丈夫、俺たちは大人しくしている。約束するよ、だからさ……」


 真剣なまなざしで、ヒイラギは言葉を続けていく。


「だから俺達に出来ることがあったら。これから先に、それが出来たのならば。必ず呼んでほしい。お願い、約束して」


 もどかしい思いも感情も。

 すべてをこらえ、彼らは惟之の言葉を守ろうとしている。


「……あぁ、約束させてくれ。話はそれだけだ。じゃあ、俺は帰るよ」


 そう。

 だから自分は彼らとの約束と、二人を守らねばならない。

 木津家から出た惟之は、車に乗ることもなく歩みを進めて行く。

 気が付けば、誘われるように近所の公園へとたどり着いていた。

 この場所で、かつて品子と話したことを惟之は思い返していく。

 

『お前の秘密を一緒に背負ってやるよ』


 あの時、そう言って品子は笑っていた。

 

「なぁ品子、どうすんだよ。今、全く笑えない状況になっちまったぞ」


 呟いた言葉は、近づいてくる男にどう響いたのだろう。

 木津家にいる間に、声を掛けてこなかったこと。

 これは彼なりの慈悲じひだったのだろうか。

 

うつぼ様、こんな時間にお散歩ですか?」

「えぇ、そうですよ。あなたもそうなんですかね? ……十鳥とどりさん」

 

 惟之の言葉に、十鳥とどりたくみは笑みをもって返事をしてきた。


「あなたに、服務規律違反ふくむきりついはんの疑いがかけられています。本部までお付き合いをいただけますか?」

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