第177話 冬野つぐみと観測者は話す

「さて、冬野さん。あぁ、何をお話ししようかなぁ。そうですね。立ったままでのお話なんて、疲れてしまいますからね。どうぞソファーに掛けてください」


 誰もいない部屋にもかかわらず、つぐみの頭上から声が響く。

 その声に溢れているのは、隠し切れない喜び。

 声かけに従い、つぐみは足元に鞄を置きソファーに腰を下ろす。

 緩やかに描かれたカーブの背もたれに体を預ければ、ふわりと包み込むような座面の柔らかさに驚く。

 思わず「おぉ、すごい椅子」と口から出てしまい、思わず顔が赤くなる。


「ふふ、『すごい椅子』って。千堂さんもなかなか個性的な方ですが、冬野さんは別の意味で個性的ですねぇ」

「すみません。でもこのソファーってきっと高級なものですよね? 私、こんな高級なソファーって座ったことが無くって。短期間でこんなすごいソファーを手配したり、こんな可愛らしいインテリアのお部屋を準備するなんて、大変だったのではないですか?」

「そんなことはないですよ。とはいえ確かに今回は、組織の名を借りて融通を利かせてもらったところはありますね」


 融通が利く。

 つまりは落月内において、力のある立場なのだろう。

 上級発動者の室と交渉し、つぐみとの接点を持つというリスクをも気にしない程の人物。

 おそらくこの人物も落月内での上級発動者、あるいは上の立場の人間なのではないか。

 ……もう少し相手を知りたい。

 そう考えながらつぐみは問いかける。


「大丈夫ですか? その融通を私に使っていたことがばれてしまったら、観測者さんは困りませんか?」

「心配をしてくれてありがとうございます。隠れてこそこそとするのが得意なので、大丈夫ですよ」

「ということは、お仕事は忍者みたいなことをしているのですね。ええっと、お忍びご苦労様です!」

「お忍び、……ですか。うわぁ、すごい感性ですね。面白いなぁ。話せる時間が短時間なのが、本当に惜しい」


 話を聞き部屋を見渡せば、時計が無い事に気付く。


「あの、この部屋には時計が無いのでしょうか? 時間が分からないと困るのですが」

「あぁ、そういえば時計のことを失念していましたね。時間はこちらで確認しておりますよ。どうかご心配なく」

「そうですか。ではよろしくお願いします。あの、ちなみに今はどれくらい時間が経ったのでしょうか?」

「今は、……五分程ですね。あぁ。楽しい時間というものは、本当に短く感じるものだ」

 

 とりとめのない会話をなるべく続けて、相手に情報を与えないように時間を伸ばすように。

 そうつぐみは心掛ける。

 

「あ、あの! 先に言わせて下さい。今回の件についてです。今のところは、白日の人に気付かれていません。このまま私は、内密でいられるようにするつもりです。今日、観測者さんに会っていたのを、白日の誰にも口外するつもりはありません」


 部屋の中央に向かい、つぐみは話し続ける。


「ですがもし、気付かれてしまった時。その際は申し訳ありませんが、会っていたことを話すことになるでしょう。それでですが、どこまで私は話しても大丈夫でしょうか?」


 自分から問いかけを増やし、相手から質問をされないようにする。

 こうして時間を稼いでいけばいい。


 だがそのつぐみの考えは、観測者の言葉により否定されることとなる。


「そうですねぇ。千堂さんの存在を気付かれて、それを黙っている条件として話をしてくれと言われた。位でいいのではないでしょうか? まぁ、あなたは聡明な方なので、どこまで話すかはお任せしましょう。……さて、あまり冬野さんばかりに質問されていても何ですね。本来のこちらの願いは質問されるのでなく、『お話』をするというはずでしたからね」


 観測者が話し終えると同時に、空気がすっと冷えるような感覚が肌を刺しつぐみの全身が粟立っていく。

 自分の考えを、相手はとうに見抜いていたのだ。

 だがここで表情を崩したり沈黙してしまっては、それを正しいと認めているようなもの。

 つぐみはとっさに立ち上がると、両手を前に出しぶんぶんと大きく振りながらあえて大声で話す。


「す、す、すみません! 私っ! すごく緊張しすぎて、変なことばかりっ! 言ったり聞いたりしてしまいました! えっと、どこに謝ればいいんだろう! とりあえず真ん中にいると思いますね! 逆に聞きすぎてすみません! 質問どうぞ! たくさんどうぞ! 私っ、いっぱい答えますから!」


 部屋の真ん中に向かい叫びながら、大きく頭を下げる。

 礼をしてじっと下を向いたまま、ぎゅっと目を閉じて相手の反応を待つ。

 数秒の後、しんとしていた部屋にくっくっと堪え切れなくなったであろう笑い声が響いていく。

 

「あはっ、たくさんどうぞですか? 冬野さんの言葉の選び方って独特ですね。あぁ、あなたって人は本当に面白いや」


 張りつめていた空気が、和らいでいくのが分かる。

 小さく安堵の息をつき、そっと目を開けるとつぐみは再びソファーに腰を下ろす。

 

「では、そんなとても面白い冬野さんに質問です。よろしいですか?」

「はい! 意地悪な質問ではない限りは、きちんとお答えします!」

「ふふ、元気な返事でいいですね。では冬野さん、お答えください。あなたは一般人ですか? ……それとも発動者ですか?」

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