第103話 ある部屋で

 枕敷まくらじきの八畳間の部屋にいるのは二人の男。

 そこから面した庭を眺めながら、若い男がもう一人の人物に語りかける。


「最近、獣が二匹ほどうろついていませんか?」


 老いではなく、円熟えんじゅくといった言葉が相応しい相貌そうぼうの男がそれに答える。


「あぁ。少々、わずらわしい奴らがいるみたいだな」


 若い男は振り返ると、部屋の中央に座る相手に嬉しそうに続ける。


「だったら。邪魔なら早く、片付けた方がいいのではないですか?」

「……片付けるにしても、何かと理由も必要だろうに。下手に動けばその獣の庇護者ひごしゃから噛みつかれる。それではただこちらにとっては、面倒になるだけだろう」

「噛みつくだけでなく、引っ掻かれそうですよね。庇護者さんの爪はさぞ痛いでしょうねぇ、ふふ」


 口元は柔らかく微笑んでいる。

 だがその目尻は下がることなく、軽く曲げた自分の指の爪を見つめている。

 その右目尻の下にある泣きぼくろがうれいの表情のように見え、彼の言葉の真意を隠しているかのようだ。


『我が息子』ながら、くえない男だ。

 老いた男はそう思いながら口を開く。


「いらぬ波風を立てる必要は無い。今ははらいの延期といい、落ち着かない状況が続いている」

「逃げ出していたうるわしいあの方のご機嫌は、良くなったのですか?」

「こちらは約束を守った。機嫌が良かろうが悪かろうが関係ない」


 若い男と対照的に、老いた男は不機嫌そうに呟く。


「与えられた仕事をこなす。それだけやっていればいいのだよ。使われる側はな」


 その言葉を受け、再び小さく口元に弧を描くと彼は返事を戻す。


「そうですよね、余計なことはしなくていいんですよ。彼らも大人しく利用されていればいい。それでうまく回っていくのですから、ね」

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