第261話 高辺七名は語る
「面接を始める前に、まずはこの状況を確認させて頂きたい」
品子が里希様と呼ばれた男性に話しかけるのをつぐみは見つめる。
「私は今日ここに来るまで、この冬野さんの面接相手は清乃様だと聞いていました。彼女の希望先は三条です。それなのにどうして一条であるあなたが面接を行うというのですか?」
部屋に入る前までとは違い、冷静な口調で問いかけた品子の言葉に答えたのは艶やかな女性の声。
「そうですよね。品子様も冬野さんもいきなりで驚かれたでしょう。では私から説明いたしますね」
声の主である女性はつぐみ達の方へ歩んできた。
つぐみの前に立つと、しっかりと目を合わせ話を始める。
「まずは自己紹介からね。私は一条の長の秘書をしている
高辺はするりと隣に居る品子へ視線を向けると話を続けていく。
「以前から私ども一条では、事務方の人間を人事の方にお願いをしておりました。今回の冬野つぐみさんは事務方希望と聞いています。確かに本人は三条を希望しているようですが」
ちらりと自分を見る高辺の眼差しは、この状況を彼女が楽しんでいるようにつぐみには見えてしまう。
「
高辺の言葉に品子は問いかける。
「つまり清乃様はこの件は……」
「えぇ、もちろんお話をさせて頂きましたよ。快く、……とは言いませんが、ご理解はいただけたとこちらは解釈しております」
柔らかな口調ながら、その語られる内容はとても穏やかとは言えない。
少しずつだが状況が理解できたつぐみに、高辺は宣言するかのように語る。
「冬野さん。あなたには一条に所属するために面接を行って頂きます。本来は長が面接を行うのですが、事情があり長はこちらにはいらっしゃいません。ですので長の息子である
ソファーへと再び視線を向ける高辺の後を追うように、つぐみもそちらへと向き直る。
里希はこちらを見ているだけで、口を開く様子はない。
その彼の視線は、自分でなく品子を見ているようにつぐみには感じられる。
当の品子は、まっすぐに高辺を見据える。
「高辺さん、それに関しては納得がいかない。以前に三条から
「えぇ、確かに。でもこちらは複数人とお願いをしておりましたの。あぁ、そうそう。その足取君ですが、一条で頑張って仕事をしていますよ。自分が出来る仕事を精一杯やるのだと、とても積極的に活動しています。だからどうか彼のことはご心配なく」
被せるように高辺が言葉を続けたために、品子は口を閉じる。
そのタイミングを見計らったかのように声が響き、皆が一斉にそちらを向く。
「そろそろ話を進めさせてもらっていいですか。僕も別に時間を持て余しているわけではないので」
不機嫌と言うわけではないが、感情なく話す里希に高辺はくすりと小さく笑う。
「では私は一度、退席いたします。冬野さん、あなたが一条に来るのを楽しみにしていますからね」
つぐみの肩に軽く触れると、高辺は部屋から出ていく。
扉の閉まったのを確認すると、里希は「では」と呟き立ちあがる。
その顔にあるのは、にこやかな笑み。
先程までとのあまりの対応の違いにつぐみは戸惑い、思わず隣の品子を見てしまう。
「そう緊張しないでくださいよ。ねぇ、品子先輩? ここにいるのは三人だけです。どうぞいつも通りのあなたの言葉で。その方がそこの冬野さんも緊張せずにいられるでしょうから」
つぐみの名前を出されたことにか、あるいは自身への呼ばれ方にだろうか。
品子からは戸惑い気味の声が発せられる。
「わかった、君が望むのならばそうしよう。では、……里希。まずは互いに席に着こうか」
その声かけにより里希が再び席に座ったのを見届けて、つぐみ達も彼の向かいの席へと座る。
品子先輩と呼んでいるので、彼は品子よりも年下ということだ。
だが最初の会話においての品子の言葉遣いから考えるに、立場は里希の方が上のようだ。
そう状況を判断しつつ、つぐみが気付いた点は二つ。
一つ目。
品子は一条の人達を苦手に感じているのではないか。
つぐみが白日の存在を知ってから一条について、品子は存在こそ話してくれていたものの具体的な話は一切されたことがない。
品子だけではなく惟之も明日人も、それぞれ自身の所属の話はするが、一条の話は出そうとしなかった。
そこから考えるにこの一条という場所は、他の所属先とは違う特殊な存在なのだろう。
そして、品子が彼の名を呼んだとき。
ほんの一瞬だったが、彼の表情が揺らいだ。
果たしてそれは喜びなのか驚きなのか。
そこに見えたのは不快ではない感情だった。
二人の関係性は分からないが、少なくとも里希は品子を好ましく思っているようだとつぐみはとらえている。
一方の品子と認識に違いがありそうなのが気にはなるが、今はそれを考える時ではなさそうだ。
そして二つ目。
つぐみに対する里希の最初の対応や、急に相手が変わったことを受付で伝えられずにこうして始められたこの面接だ。
一条はつぐみに面接を受けることは許したものの、歓迎をするつもりは無いと考えるべきであろう。
だが、つぐみはここで引くわけにはいかない。
相手が望んでいなかろうが自分は
面接が失敗し、記憶が消される最後の瞬間が来るまで諦めるつもりはない。
(――さぁ、はじめよう)
つぐみは目の前の人物を見つめ、相手の言葉を待った。
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