第262話 蛯名里希は確認する
「さて、では冬野さん?」
里希からの呼びかけにつぐみは「はい」と短く返事をする。
机の上のファイルを里希は手に取ると、次々とめくっていく。
そこにつぐみの情報が書かれているのだろう。
静かにそれらを目で追っていた彼はつぐみを見据える。
「実に優秀ですね。筆記試験の結果もあなたに対する推薦者からの信頼も。上級発動者が三人も名乗りを上げるだなんて、私が知りうる限りでは初めてではないでしょうかね」
返事を待っている相手に、つぐみは口を開く。
「ありがとうございます。何より私がここにいられるのは、白日の方々が命を救ってくれたからです」
沙十美の事件での皆の行動があったこそ、つぐみはここにいる。
皆がいたから自分は今、生きていられるのだ。
「私はその恩返しとして、何より自身の力を役に立てたいと思い、今回の面接を希望いたしました」
「なるほど。あなたのような方が私達の組織に来てくれれば実に心強い。では質問をいくつかしましょうかね」
パタンとファイルを両手で挟み込むように閉じると、里希は淡々と語り始めた。
「白日は公には出来ない存在です。『発動』は一般の方々に知られてよいものではないですから。ここまではよろしいですか?」
「はい、それは理解しております」
少し声が震えてしまったが、返事ができたことにつぐみは安堵する。
「あなたは『発動』を持ち合わせていない存在だ。これにより組織内で非常に不快な思いを感じたり、見下された存在として扱われる可能性もある。それでもあなたはそれを受け入れられますか?」
確かに能力の有無で、人の見方を変えてくる人達も居るだろう。
ヒイラギたちが受けてきた扱いを考えれば、それはたやすく想像がつく。
だがそんなことは、自分にとって大した問題ではない。
相手の力や自身の安泰の為に、人を傷つけることをためらわない人間。
そういった人達がいるというのは、もうすでに嫌というほど理解しているからだ。
「まだ実際に体験していないのにと言われるかもしれません。ですが、私は覚悟をしてここにいます」
「……そうですか。大変にいい心掛けですね。でも中にはいるでしょう?」
ぷつりとそこで言葉が途切れる。
思わず里希の顔を見つめれば、彼の口元には小さく笑みが生まれはじめている。
その笑顔は冷ややかに美しく輝く。
そして同時に、とても危険であろうことを感じさせた。
「自分が優れていると思ったのに、それが違うと覆されると。自分より弱いものを傷つけて解消しようとする人間とかね」
「!」
どくんとつぐみの大きく心臓がはねる。
これは。
この言葉は……!
「……里希、どういうつもりだ」
静かに。
とても低い声がつぐみの隣から響いた。
「どういうも何も。そのまま捉えていただければ結構ですよ、先輩。あなたこそどうしたと言うのですか? 僕が何となく出してみた例え話が、図星だとでも言いたそうですね」
つぐみ達の反応を楽しむかのように、里希の話は続く。
「僕のいる一条は特殊なところです。先輩のいる三条とは違い、随分と汚れた『お仕事』をすることもある。だから一条に入りたいというのならば、それなりの覚悟をしておかないといけないと言いたいのです」
「ならば! そこまで言うのであれば、一条に入るのは彼女でなくてもいいだろう。本来であればこの子は三条を希望していたのだ! それなのに君達がっ……」
品子の言葉は、最後まで話されることなく途切れる。
なぜならば。
「何を、……何をふざけたことを言っているのですか? 先輩」
笑みを消し、ただ淡々と語っているだけのその言葉が、品子の言葉を留めさせたのだ。
それだけではない。
同時につぐみの体にも変化が起きていた。
息が苦しい。
思わず喉に手を当てる。
息は出来ている。
それなのに苦しくてたまらない。
「あぁ、失礼。発動者でない冬野さんには、ちょっとよろしくない状態ですね」
右手を自身の顔の高さまで上げると、里希がぱちりと指を鳴らした。
途端に、あれほど苦しかった状態がつぐみの体から消え去っていく。
苦しさから解放された反動で、がくりと体が前に倒れ込むのを止められない。
これも発動の力なのだろうか。
つぐみは体を起こし、両手を喉に当てながら、二人の様子を確認する。
里希はつぐみなど存在していないかのように、右手を掲げたまま品子を見つめていた。
その口元には再び笑みが浮かんでいる。
視線の先である品子は、ぐっと唇をかみしめて彼を見つめ返している。
互いの発動による、干渉が生じたのだろうか。
あるいは発動者同士の感情の高ぶりが、一般人の体調に影響を与えるものがあるのかもしれない。
そう考えるつぐみの前で、二人の会話は続いていく。
「私達の仕事は子供の遊びではないのですよ? 先輩、あなたはここに『おままごと』でもやりに来たのですか? あぁ、そうか」
右手を下ろしてファイルを持ち上げると、ゆらゆらと揺らし始める。
「私のおもちゃを取らないでと、そういうことですか? 冬野つぐみは私のものなんだから、横はいりなんてしないで。そう言いたいのですね」
「なっ、ふざけるのもいい加減にっ!」
「いい加減にするのはそちらでしょう?」
静かな声。
だがその中に怒りが含まれているのが、つぐみにも伝わってくる。
「あくまで僕は使える人間が欲しい、仕事が出来る人間が欲しいと言っているだけです。そしてその条件に彼女は適していた。だからこうして面接を行っている。……違いますかね?」
「それは……」
言葉に詰まる品子に被せるように、彼は言葉を連ねていく。
「それこそ横はいりは
この話はもう終わりだ。
そう言わんばかりに里希は、つぐみに顔を向ける。
「さて、始めよう。君が僕の部下にふさわしい存在なのか。しっかりと確認させてもらうよ」
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