第234話 冬野つぐみは決断をする
つぐみの白日所属について決める。
惟之の言葉につぐみよりも先に反応したのが明日人だった。
「あ! では以前に出していた、つぐみさんの所属希望の申請が通ったのですね!」
嬉しそうに話す彼とは対象的に、品子の表情が暗い。
その姿が気になったつぐみは彼女に問いかける。
「先生、どうされたのですか?」
つぐみの声に動揺した様子を見せた品子は、小さく首を横に振る。
「すまない。少し考え事をしていたものだから」
少し困った様子で笑いながら話す品子に、惟之がこほんと咳払いをする。
「話を続けてもいいだろうか? 明日人の言う通り、提出していた届に許可が下りた。これで後は適性検査及び面接を経て、正式に白日へと君は所属することになるのだが」
いったんそこで言葉を区切り、ぐるりと見回す。
「改めて冬野君の希望所属先を確認しておきたい。面接はその所属先の長が行うことになっている。先方にも時間を空けてもらう都合上、君の意思を確認する必要がある」
確かに以前、所属の話を聞いた際はそれぞれの特徴を聞いただけで終わってしまっていた。
その時の騒動を思い出し、つぐみはくすりと笑ってしまう。
そして同時に、品子が先程の表情をしていた理由に納得が出来た。
自分が三条以外の所属先を希望するのではないかと考えていたためなのだと。
「つぐみさんっ! 四条においでよ! 前も言ったけど、僕の秘書としてサポートをお願いしたいんだ」
明日人が立ちあがると、テーブルをぐるりと周ってこちらにやって来る。
そうしてつぐみの手を取ると、ぐっと力強く握ってきた。
「ほう、明日人は直接勧誘ときたか。なら俺もだな。どうだろう、冬野君? 二条で君のその観察力と記憶力をぜひ、発揮してほしいのだがね」
座ったままでこちらを見上げながら、惟之は口元に笑みを浮かべると、つぐみに向けて手を差し伸べてくる。
そんな彼の隣に座ったままの品子は、何も言わずにつぐみを見つめているばかりだ。
その様子を不思議に思ったであろう明日人が品子に問いかけていく。
「品子さんは、アピールしないんですか? もう三条だろうって自信があるから必要ないってことですか?」
明日人の言葉に、品子はゆっくりと首を横に振った。
「いや、そんなものは全く無いよ。もちろん私だって冬野君に三条に来てほしいと願っている。だが、いや、だから」
品子は目を閉じて小さく息をついた。
「……だからこそ、私は彼女自身の気持ちで選んでほしいと願う。私達の元へ、白日へ入ると決めたのは他ならぬ彼女自身だ。この白日という組織は、命を失う危険がある場所でもある。……ねぇ、冬野君」
きりりと口を結び、ゆっくりとつぐみを見上げるまなざしは。
その瞳は品子の思いを、願いをつぐみに伝えてくる。
「君が
惟之と明日人を見つめる。
「私を含め、この中の誰かに言われたから白日に入る。そんな考えで来るというつもりなら、そんなものは認めないし許さない。きちんと自分で選び、決断をしてこの組織に来るべきなんだ。君の覚悟を見せてもらうためにも」
つぐみを再び見上げ、品子の言葉は続く。
「確かにきっかけは私だったかもしれない。この中で共に過ごした時間が一番ながいのは私かもしれない。だから三条にするというのは、おかしいということを分かってほしい。君の持つ能力が、どこでなら発揮できるようになるのかを考えるんだ。そしてそれぞれの所属の特徴を踏まえ、自分が一番に相応しいと思う場所へ、君自身が願い出て入るべきものだと私は考える」
その言葉の後には、誰も話さない。
何よりもつぐみを思うがゆえの言葉。
厳しいながらも、深く強く案ずる言葉にそれぞれが思いを馳せているのだ。
しばしの静けさが通り過ぎた後に、ぽつりと言葉を出したのは明日人だった。
「……ごめんね、つぐみさん。僕の発言は君を惑わせてしまったのかもしれない。品子さんの言う通りだ。僕達のいる場所はね、本当に危険なところなんだ。いつ自分が、隣にいる人が消えてしまうか分からない」
明日人は握っていたつぐみの手をそっと離し、ゆっくりと下ろしていく。
そうして改めて向き直り、つぐみの顔をじっと見つめてくる。
「だからいつ、そんな時が来てしまっても後悔しないように。自分がこうだと決めた場所で、君は動いていくべきだと思う」
静かにその場に腰を下ろし、明日人はつぐみを見つめている。
「……今回は俺も少々、反省が必要だな」
向かいからは、いつもより低めの響きを持った惟之の声がする。
「二人の言う通りなんだ。きちんと君が自身で選ぶことが大切なんだ。そしてその場所で手の届くところにいるやつには、きちんと言いたいことを伝え、そいつを大切にする。そうあってほしいと願う。だから答えは急がないでおこう」
つぐみを見上げてくる三人のまなざし。
それは優しく、温かく、そして力強さをもったもの。
それにより、彼らが自分を本当に自分を大切に思っているのを知っていく。
じわり、と心に広がりゆく温もり。
これを幸せと呼ぶのだろうなと感じながら、その気持ちに押されるようにつぐみは言葉を出す。
「靭さん。……私の決断を、聞いていただけますか?」
予想外の発言であったのだろう。
この声に三人は驚きの表情を見せた。
「いや、君の面接に長の時間を取るという話なら気にしなくていいぞ! あの方々も、俺たち部下の人事考課もあるんだ。取り急ぎ君に決断を、と迫ったものではないんだ!」
慌てているをとうに超え、
こんな時なのに自分の口元は、嬉しさを全く隠そうとしない。
それは、知ってしまったから。
人に大切に思われるというこんな温かい愛おしい感情に、改めて触れた今。
その幸せな思いを隠す
だからつぐみは自ら選んだ結論を語る。
誰に言われたからではなく自分が、冬野つぐみが決めたことだから。
さぁ、進もう。
自分が選んだ道を。
「私は、三条への所属を希望します。先生、私を認めて頂けませんか」
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