第173話 再び朧にて

「それじゃあ明日は、午後から引っ越しの準備を始めていこうか?」


 品子が例のとてつもなく危険な……。

 いや、違う。

 とある絵が描かれた紙を片付けながらつぐみに尋ねてくる。

 描いた主は、再び電話が掛かってきたのでさきほど外に出掛けていった。


「おっとその前にっと! こんなもの、めったに見れないからな」


 品子が嬉しそうにつぶやきながら、絵をスマホで撮っている。

「さて、封印〜」と言いながら、紙をくるくると巻きながら輪ゴムで縛るのをつぐみも手伝う。


 申し訳ないと思いながらもつぐみもつい誘惑に抗えず、品子と並んで写真を撮ってしまった。


(靭さん。何か、……ごめんなさい)


 そんな気まずさをごまかすように、つい大きめの声でつぐみは引っ越しの返事をする。


「明日の午後ですね。先生のご都合はよろしいのですか?」

「うん、問題ないよー」

「つぐみさん。僕も午後からならお手伝いできるよ? 荷物持ちやるよ~」


 明日人が封印された紙筒をにこにこと見守りながら、つぐみへと伝えてくる。

 もちろん明日人もつぐみの隣に並び、嬉しそうに写真を撮っていた一人だ。

 

「ありがとうございます。でもそんなに大きなものや重いものは無いので、大丈夫だと思います」

「そっか、わかったよ。でも何か手伝えることがあったら教えてね」

「はい、井出さん。いつもありがとうございます!」

「いいよ~。引っ越しが落ち着いたら、第二回タルト会やろうね!」

「わぁ、ぜひお願いしますね!」

「あ、惟之さん戻って来た。そろそろ帰りますか〜! あれ? 惟之さん?」


 自分の視線の先には、虚ろな目で遠くを眺めていた惟之が立っていた。

 彼のダメージの深さにつぐみは同情する。


「そ、そうだな。帰るとしよう。……じゃあ皆、気をつけて帰れよ」


 そんな彼は弱々しい声で皆に挨拶をしていく。

 だが帰るのは、惟之と明日人の方なのだ。

 相当、動揺しているのがつぐみにも伝わってくる。

 来たときよりもひと回り小さくなってしまったような気さえする、その後ろ姿はあまりにも悲しい。


 自分に出来ることといえば今後、惟之にはこの話題には触れない。

 せめてこれだけは守ろうとつぐみは誓う。

 ……とはいえ、写真は残してあるのだが。


「あぁ、そうだった。冬野君」


 惟之はつぐみに向き直る。


「日中のさとみちゃんの件だがね。三条だけでなく、二条でも預かることが可能だから。それを伝えていなかったね。君がいない時に、さとみちゃん本人にどうしたいのか聞いたのだが」


 惟之はつぐみの隣にいるさとみを見た。

 彼女は惟之とつぐみを交互に見つめ嬉しそうに伝えてくる。


『私はこの世界をたくさん見たい! だから行きたいときに、これゆきの所に行く』

「そういうことだから。冬野君は学校の間は、気にしなくても大丈夫だよ。二条に来たら出雲いずもも、一緒に喜んで面倒を見たいと言っていたよ」

『いずも? だあれ?』

「さとみちゃんと友達になりたい人だよ。二条に来たら、教えてあげるよ」


 惟之はそう言って、さとみの頭をなでる。

 新しい友達候補の登場に、さとみは目をキラキラと輝かせていく。


『おおー、これゆき! いずもは、私と友だちになるのか?』

「そうだよ。何して遊ぼうか、いっぱい考えると言っていたよ」

『いっぱい! すごいな! いずもはいっぱいのすごいやつだな!』


 この様子を見る限り、学校に行っている間の心配はしなくてもよさそうだ。

 そしていつも通りに戻っている、惟之の心配もしなくてもいいだろう。

 つぐみはそう安堵し次にするべきことを、観測者との接触方法を考えていく。


 近日中に沙十美からの連絡が来るはずだ。

 それまでに白日の皆に気付かれないように、会う方法を考えなければ。

 つぐみは一人、そう誓いながら皆に笑顔を向けるのだった。



◇◇◇◇◇



「つぐみ、起きて」


 沙十美の声が聞こえる。

 ということはつまり……。

 つぐみは目を開くと、体を起こす。

 やはりこの間、来たばかりの和室にいた。

 隣りにいた沙十美は、目が合うとにこりと笑う。


おぼろへようこそ。つぐみ」

「うん、ご招待ありがとう。沙十美」


 共にごく自然に、縁側へと向かう。

 相変わらず滲んだ空に浮かぶ月を眺めながら、二人は並んで座ると話を始める。


「観測者なんだけど。あなたが話をすると伝えたら、そりゃもう喜んでいたわ。なんだか子供を相手にしているみたいだった」


 苦笑いをしつつ、隣で沙十美は空を見上げている。


「沙十美はもう、観測者さんとはお話はしたの?」

「えぇ、もう話したわよ」

「どんな話をしたか、教えてもらっていい?」

「いいわよ。えっと、私に今まで何が起こったのか。その時、私が何をしてどう思ったのか、とかを聞かれたわね」

「……観測者さんと話している時の印象や、気になってることがあれば教えてほしいのだけれど」


 つぐみの問いかけに沙十美は「うーん」と呟く。


「そうねぇ。本当に話が聞きたくてうずうずしているっていう感じだったわ。室が言っていたけど、あれは本当に仕事より好奇心を優先するタイプね。いつか身を滅ぼしそうって思っていたのだけど、これがまた違うのよねぇ。多分それ以上に考えて、行動もしているっていう。……何ていうのかしら? 底がしれない印象があったわ」

「つまり、自分の楽しみを最優先させる。だけど立ち位置を見誤ることなく、行動が出来る人ってことか。うーん、この人との会話は難しそうだな」

「そうね、危害は加えないと言ってはいたけど。やっぱり観測者と話すのは怖いし、嫌よね?」


 沙十美は、つぐみを心配そうに見つめる。


「あ、違うの! 最近、私も白日の組織のことを勉強させてもらっているの。だから観測者さんと話す時に、うっかり白日の情報を話してしまわないようにしなきゃと思ってて」


 つぐみは手を左右にぶんぶんと大きくふり、彼女の心配を否定する。


「まぁそれもあってね。相手を少しでも知っておきたくて。そうすれば私としても、話の運び方とかに幅が広がるからさ。だからあなたにいろいろと聞いていた、という訳なんだけど」

「なるほど、そういうことね。なら一つ今、思い出したことがあるわ。つぐみに該当する情報があれば、話のペースを有利に運んでいけるかもよ」


 沙十美はまさに「にやり」といった笑い顔を浮かべ、つぐみを見つめると話を始めていくのだった。

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