第174話 冬野つぐみは予定を聞く

「これで最後ですね。……ふぅ、先生ありがとうございました」

「いやいや、しかし思ってた以上に少なかったね。予想してたよりかなり早く終わったよ」


 車から最後の荷物を二人で降ろすと、つぐみ達は木津家へと入っていく。

 今日はつぐみの木津家への引越しの日だ。

 とはいえ、自分の部屋から木津家に運んだものは少ない。

 教科書やある程度の着替え、そして細々とした日用品のみ。

 品子の車に荷物を載せた時、あまりの少なさに彼女は驚いていた。

 何度か往復するだろうと品子は想定していたらしい。

 だが実際は一度で済んでしまう量の荷物。

 自分で言うのも何だが、必要最低限の物しかない生活をしていたのだなと改めてつぐみは実感する。


 惟之と明日人も引越しのことを気にかけており、それぞれが引越し祝を持って木津家にやってきた。


「せっかくだから、今日も皆で一緒に夕飯を食べようじゃないか」


 品子の一言により、再びの夕食会が決定される。

 つぐみはその提案に大賛成をして、会の準備をワクワクしながら進めているところだ。

 

 皆に買い出しを頼み、つぐみは料理の下ごしらえに入っていく。

 しばらくして帰ってきた品子が、とてもしょんぼりとしている。

 勝手にチョコアイスを買った為に、冷凍庫の容量の予定が狂ったとヒイラギに怒られたとのことだ。

 さとみは品子に買ってもらった金平糖こんぺいとうを、嬉しそうに眺めては食べを繰り返している。

 シヤにさとみが金平糖を食べ過ぎないように見守ってもらいながら、つぐみはヒイラギの二人で着々と料理の準備を進めていく。

 その準備の途中でふと見ると、金平糖の袋が空になっているではないか。

 全部さとみが食べたのかとシヤに聞くと、彼女は頬を染め答える。


「わ、私も食べました。……少し」


 そう言って目を伏せたシヤに、品子の高速頬ずりが久しぶりに発動していた。

 品子のその気持ちはつぐみとしてもわかるので、そのまま二人を放って再び料理に取りかかる。

 その後、シヤとさとみにお皿運びのお手伝いを任命し、つぐみは仕上げへと取りかかっていく。

 お手伝い二人の活躍により、リビングには料理が次々と並んでいく。


「わー、冬野君! ナスの煮浸しがある〜! ねぇ、今日のも梅干し入ってる?」


 品子が台所にやって来ると、嬉しそうに鍋をのぞき込みながら話しかけてきた。


「はい、今日のはちょっとごま油が多めになっちゃいました。でもなかなかに良い味付けになったと思いますよ」

「じゃあさ、この隣の小鍋の茸のあんかけは何に使うの?」

「お豆腐にかけて、食べてもらうつもりですよ。たまにはこういった食べ方もいいかなぁと思って」

「つぐみさん! 僕が! 僕が茸餡かけの味見するよ〜」


 二人の会話が聞こえていたであろう明日人が、嬉しそうに台所に駆け込んでくる。


「ずるいぞ、明日人! 餡かけの話題を先に聞いたのは私だ! だから私に、味見の権利があるはずだ」

「何を言っているんですか品子さん。味見と人類は皆、平等ですよ」


 つぐみの隣で、二人はとても無意味な争いを始めている。


「あの、もうすぐ完成するので皆で一緒に食べましょうね? あ! そっ、そうだ! ではこちらのささみとラー油のお料理を、二人に味見してもらっていいですか?」


 お皿に茹でたささみとラー油を絡ませたものに、ネギをぱらりと散らす。

 二人の前に小皿と料理を一緒に渡し、試食をお願いしてみる。

 無言で食べていた二人は、何故か静かに抱き合うと共に肩を組んで、リビングに戻っていった。

 

「何だったんだ、あの二人は?」


 ヒイラギに聞かれたが、つぐみにも分からない。

 自分に分かること。

 それは普段あの二人を相手にしている惟之は、本当に大変なんだろうなぁということだけだった。



◇◇◇◇◇



「すみません、皆さんに聞きたいことがあるのですが」


 夕飯も終わり、皆で品子が買ってきたチョコアイスを食べている時につぐみは声をかける。

 

「どひたの? 冬野君?」


 品子が、アイスの棒をくわえながら答える。


「実は近日中に引越し祝のお礼を兼ねてまた、こうやって夕食会をしたいなぁと考えているのです。その時には、ここにいる皆で楽しみたいのです。そこでなんですが、今週と来週の皆さんのご予定を伺いたいのです」

「今週と来週? ずいぶんと広い範囲なんだね〜。えっとね、僕は来週の月曜日と火曜日以外ならオッケーだよ」


 明日人がスマホを見ながら、スケジュールを確認している。


「あ、出来ればお昼から用事がある日があれば、その日も教えてほしいです」

「えらく念入りだな。しっかりしている冬野君らしいといえばらしいがね」


 惟之はつぐみを優しく見つめながら、自身の空いた日を答えていく。


「ん〜、私は惟之と同じ日とあとは……。来週の火曜日は駄目なんだ。ヒイラギ達は夏休みだから、あまり関係ないかな?」


 品子が二人を見ると、ヒイラギが口を開く。


「そうだな。来週の木曜日に確か本部で研修があるな。その日くらいかな、都合が悪いのは。なぁ、シヤ?」

「はい、そうですね。その日以外なら私たち兄妹は問題無いはずです」

「わかりました、皆さん、ありがとうございます!」


 これで皆の予定が確認出来た。

 今の話で考えるに、夕食会は来週の水曜日か金曜日。

 もう一つの方の予定は……。

 どうやら火曜日が良さそうだ。

 つぐみは頭の中で予定を組み込んでいく。


「皆さんの都合が確認出来ました。また日にちを決めたら連絡しますね!」


 あとはもう少し計画を練らなければ。

 時間としても、二十分が限界だろう。

 問題は、それで相手が納得してくれるかだ。


「おーい、つぐみさーん?」


 呼ばれた声の近さに、はっとつぐみは考えを止める。

 明日人が目の前で、手をぶんぶんと上下に振りながら、心配そうに顔を覗き込んでいた。


「体調は特に悪いところはないみたいだけど、どうかしたの? なにか心配事でもある?」


 つい長く考えすぎてしまったようだ。

 慌てて明日人へと返事をする。


「すみません! 作るメニューのことを考えていたら、ぼーっとしてしまいました! でもメニューは当日まで内緒にしますね。その方がきっと楽しみだろうから」

「おお~! 本格的だね。うわぁ、すっごいすっごい楽しみだぁ!」


 子供のような明日人の笑顔に、つられて笑顔になってしまう。

 考えるのは後でいい。

 その時にゆっくりと考えるとしよう。


 ……そう、眠ってからでいいのだ。

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