第188話 冬野つぐみは力を試す
「さてさて。つぐみさんの力を、見せてもらいましょうか」
明日人からの声かけにつぐみは大きくうなずく。
いつもと違い緊張した面持ちの明日人だったが、つぐみの緊張をほぐそうとしているのだろう。
一転してふわりとした笑顔をつぐみへと見せてくれた。
夕方になり、ヒイラギとシヤは二か月に一度の白日の研修のため、二人で本部に出かけて行った。
今、この木津家にいるのは惟之、品子、明日人、さとみ、そしてつぐみの五人。
所属を決める話は結局、取り急ぎでなくていいだろうと先送りになったとつぐみは聞いている。
リビングに全員分のお茶を届けると、つぐみはさとみの隣に座る。
ぐるりと全員を見渡してから、大きく息を吸い口を開く。
「で、では始めさせていただきますね。さとみちゃん? 準備はいい?」
『いつでもいいぞ。冬野、今日は目を閉じるのか?』
「ううん、今日は目は開けているつもりだよ」
『わかった。じゃあいくぞ』
「うん、よろしくね、さと……」
「あぁ、ちょっとすまない。冬野君、さとみちゃん」
惟之から声が掛かり、つぐみは言葉を止める。
「一応、事前に報告をさせてくれ。前の時もそうだったが、君のその姿を他の発動者に見られたり感づかれたら困るんだ。だからすぐに他の発動者の存在に気付けるようにしておきたい。なので今から俺は、鷹の目を使わせてもらうよ。……さて、中断させて済まなかったね、続けてくれるかい?」
『ん? はじめていいのか? じゃあいくぞ。冬野』
さとみはそう言うと、少し上を向くようにして目を閉じる。
彼女の胸の前で、小さな白い光がぽうっと光り出す。
それは次第に大きくなり、さとみを包み込んでいく。
光は再び小さくなっていき、それはやがて小さな白い蝶の形に変わる。
白い光を放ちながら、蝶はふわふわとつぐみの元へ向かう。
静かに吸い込まれるように。
つぐみの胸元へやってくるとすうっと入っていく。
痛みや違和感、何かが入って来たという感覚はつぐみには全くない。
『できたぞ、冬野』
以前と全く同じ言葉が届き、我に返る。
「分かったよ、さとみちゃん。ありがとうね」
とりあえずさとみに返事をして、周りにいる人達の様子をうかがう。
惟之はサングラスを取った状態で、目を閉じたままつぐみの方を向いている。
品子はつぐみを複雑そうな表情で見つめてくる。
そして明日人は……。
「わぁ。すっごいね~! こんなふうになってたんだー! すごーい!」
――やはり一人だけ、いつも通りであった。
だがよくわからない安心が、つぐみにやってくるのを感じる。
「おーい、さとみちゃーん! 聞こえますかー!」
明日人は、つぐみに向けて大きく手を振ってくる。
『うん、あすとの声。ちゃんと聞こえてるぞ!』
明日人の問いかけに対し、同じく元気そうなさとみの声が体の中から聞こえてくる。
それに対しての、彼からの返答がない。
つぐみを見てにこにこと笑っているだけだ。
「あれ? 井出さん。今、さとみちゃんが話していたんですけど、聞こえました?」
「え? そうなんだ。さとみちゃんの声は、僕には聞こえなかったよ。品子さんと惟之さんはどうでした?」
明日人は、二人に問いかける。
「私も聞こえなかったな。惟之、お前はどうだった?」
「俺にも聞こえなかった。つまり体の中に入ると声が聞けるのは冬野君だけなのだな。そういえば喫茶店の時の室も、何か独り言のようなものを話していた。つまりあの時、千堂君と会話をしていたということか」
惟之の言葉に、つぐみは喫茶店での出来事を思い出す。
あの時、室は「うるさい、じゃじゃ馬」と言っていた。
室の体内で怒り、暴れていたであろう沙十美を想像し、つぐみは思わず笑ってしまう。
「……さて。話だけで実際に君は、自分を見ていなかったね」
気を取り直すかのように、品子が自分のポーチから手鏡を取り出す。
これから事実を確認するという、緊張からくるものだろうか。
震える手でつぐみは鏡を受け取り、自分の顔を見つめる。
唇を真っ直ぐ一文字に強く結び、見つめ返してくる自分。
そして……。
つぐみの前髪には、二筋の銀色の髪。
――冬野つぐみは、マキエの候補者になったのだ。
◇◇◇◇◇
「とはいえ。私、何をどうしたらいいか、さっぱり分からないのですが……」
つぐみが戸惑いながら明日人に尋ねる中、品子が惟之に問いかける。
「惟之、今の冬野君は発動者なのか?」
「……参ったな。冬野君からは発動者の気配が全く感じられない。一般人と何ら変わりないよ」
「あれー。でもこの前髪は、どうみてもマキエの条件ぴったりですよ。つぐみさんなら、マキエの資質の条件から言ってもドンピシャですし。ねえねえ、つぐみさん! 前髪、触ってみてもいーい?」
「いいですよ。どうぞ」
明日人は、つぐみの前髪にそっと触れる。
「うーん、地毛なんだよねぇ? つぐみさん、ちょっと自分でその部分の髪を引っ張ってみて。引っ張られる感覚ってある?」
言われるままに髪を引っ張ると、頭皮が引っ張られる感覚がある。
「感覚はそのままありますね。数本、抜いた方がいいですか?」
「いや、痛いのはだめだよー。気になったから聞いてみたかっただけ。ありがとうね。さて、では能力の確認といきましょうか?」
明日人はつぐみの正面に立つと、つぐみの左頬に触れる。
「倉庫でのその左頬の傷、今の君なら治せるはずだよ。僕は君の治療が出来ないから、指示だけしていくよ」
「はい、よろしくお願いします」
「まずは、そうだねぇ。イメージ的には頬に触れた指の先に、意識を集中してみてね。そうすると指先が、だんだん温かくなってくるから。そうなったら傷に触れてみてね。ではどうぞ~」
つぐみは強くうなずき思う。
よし、頑張るんだ私。
少しでも、皆の力になれるために!
大きく息を吸い、気合を入れるとつぐみは意識を集中させていくのだった。
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