第351話 松永京は問われる

蛯名えびな吉晴きはるが偽物ではないか』


 鹿又かのまたの言葉に、松永まつながは返事ができない。


「否定しないんだな。それが君の答えかい?」


 我に返った松永は、落ち着いた口調を意識しながら話し始める。


「どういうおつもりですか? 突然におかしなことを言われたら、誰だって言葉を失うものです」

「そうかい? ならば冷静になったところで、君の意見を聞かせてもらおうか」

 

 正直なことを言えば、松永も疑ったことはある。

 姿を見せない、接触が出来るのは限られた人間のみ。

 そう思わせるに十分な条件が、吉晴には揃っているのだから。

 しかしながら、それを鹿又に素直に答える義理はない。

 無難な答えを、松永は口にしていく。


「意見と言われましても。私は自身が所属する長に従う。それだけのことですから」


 自分は、それを追求するつもりもない。

 なぜならば……。


「ふむ、では質問を変えよう。君のあるじである里希さとき君。彼は父親のことを、普段はどう話している? 聞かせてくれないか」

「特にはありません。親子という関係以前にお二人は、長であり、一条の上級発動者である。それ以上の介入は自分は不必要ですから」 


 そう、里希からは何も『望まれていない』のだ。

 ならば、自分は知る必要はない。


 松永の答えに、鹿又はあざけるような笑い声を漏らす。

 

「ふ~ん、それってさ。『里希君は知ることを恐れ、逃げている』。俺はそういうふうに捉えちゃうんだけれど」


 どうしてこの人は、いらぬ感情を波立たせようとしてくるのだ。

 無意識に込めていた指先の力で、煙草がいびつになっていく。


「鹿又様が、どう思われるのかは自由です。……同じように、里希様も」

「うんうん、確かにその通りだ」


 返ってきたのは、浅薄せんぱくざま

 長の息子であるがため、親子関係など許されぬ厳しい環境。

 加えて早くに母親を亡くしたこともあり、里希は愛情を知ることなく生きてきた。

 そんな蛯名親子の関係を知っていながら、よくもそんな軽々しい言葉を。

 松永が口を開きかけたその時。

  

「……だけどな、松永君」


 鹿又の声が、真剣なものへと変わる。


「知らないで終われる話なら、それでもいいだろう。だが、君のご主人が知ろうとしない。それにより、大切なものを失うことがあるとしたら。それでも君はもくしたままでいるのか?」


 一転し、落ち着いた口調の鹿又の言葉。

 それにより、先ほどまで揺らぎ、囚われていた感情が一気に醒めていく。

 冷静さを取り戻した松永は、思考を巡らせる。


 吉晴への疑惑。

 自分より先に、鹿又が接触をしたという、もう一人の存在。

 そこから導き出せる答えは。


「先ほど言っていた、もう一人のサイトを見た人物。その方から、鹿又様は情報を手に入れた。それにより確信した何かがある。そういうことでしょうか?」

「うん、そうかもしれないね。では、それをふまえて君は何を望む?」


 彼から得られるのは、二条の情報力と、もう一人の人物から提供された重要な情報。

 だが一方で、この動きを高辺達に気づかれれば、大きなリスクが生じることになる。

 どちらを選択するのが、自分の望みであるか。

 

 ――いや、はかりにかけるまでもない。


 結論を出し、松永は口を開く。


「鹿又様。私が知りうる事実、行動をあなた様に提供いたします。主のために、どうか私に真実を見据える力をお貸しください」


 しばしの沈黙の後、聞こえてきたのはくつくつと喉で笑う声。


「えー、そこはさ。『主とあなた様のために』っていうところじゃないの~?」


 茶化ちゃかすような口調で尋ねる鹿又へと、松永は答えていく。


「私が忠誠を誓うのは、ただ一人のみ。それをご存じの方に、偽りの言葉を語るのはむしろ失礼かと」

「まぁ、そう答えるだろうとは思っていたけど。しかしながらその忠誠心、里希君が実に羨ましいね」

「そうおっしゃいますが、鹿又様ほど部下に慕われている方もそういないのではないかと」


 返す言葉に、まんざらでもなさそうな笑い声が響く。


「いいだろう、君に力を貸そう。でも、君らの仲に嫉妬した俺が提供する情報。これらが全部、真実ばかりとは限らないよ?」

「かまいません。それでしたら」


 やられっぱなしでは、つまらないではないか。

 一言くらい、言わせてもらわねば割に合わない。


「自分は、そこから真実だけを引きずり出すだけです」

「……ほぅ、言ってくれるね。でも俺、嫌いじゃないんだよなぁ。そういう奴」


 こころなしか、柔らかい口調で鹿又は続ける。


「俺は欲張りだからね。手の届くところにいるやつには生きてて欲しいし、簡単に手放したくない。君にも里希君にもそう願っているよ」

「ありがとうございます。ですが」


 松永は、疑問に思っていたことを口にする。


「それでしたら、どうして最初からその話をしていただけなかったのですか?」

「ははっ、やっぱ気になっちゃうんだ。いいよ、今後の参考にしておくといい」


 鹿又は、愉快そうに語り始める。 


「君さ、里希君に絶対忠誠を誓っているでしょ? その状態で話したところで、君は全く聞かないだろうから。だから、ちょっと揺さぶらせてもらった」


 さらりと語られるのは、自分の弱点。

 確かに今までであれば、里希に害を及ぼす可能性のある話は全て切り捨ててきた。

 感情を乱されたことにより、その判断が狂わされたのは事実。


 ――まだまだ、自分は未熟だ。


 その思いと悔しさを隠し、松永は返事をする。


「……勉強になりました。ぜひ自分も今後、活用するようにしていきます」

「うわ、怖っ! 構わないけれど、俺以外にしてね」

「それは何とも。主が、鹿又様と敵対しない限りは問題ないかと」

「んー、松永君。実はすごく怒ってるだろ。……おっと、わかったよ出雲。どうやらあまり時間が無いみたいだ。大事なことだけ伝えていこう。なお、今後の連絡はの目の届かない時のみ、こちらから連絡する」

「承知いたしました。ではお話を」


 これから語られるのは、自分達にとって好ましくない情報が多かろう。

 にもかかわらず、鹿又の口調は楽し気にすら聞こえてくるではないか。

 危機としか言えないこの状況を、この人は飲み込み、受け入れている。

 なんという男だ。

 そう思う一方で、松永の口元にも笑みが浮かんでくる。

 

 彼から得るものは情報以外にも、かなりありそうだ。

 いや、そんな生ぬるい考えでは足りない。

 彼からの言葉、行動。

 全てを見逃さず、その力をもらうとしよう。 

 そうして取り込み、自分へと叩きこむのだ。


 ――そう、すべては主のために。

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