第350話 松永京は追い込まれる

 相手の情報が欲しい。

 その為には、こちらが心を開きかけている『振り』が必要だ。

 松永まつながは、心配そうな口調で鹿又かのまたへと尋ねていく。


「そこまでお話しなさっていいのですか? 私が吉晴きはる様にこの話をしたら、鹿又様の立場的にもよろしくないかと」

「まぁ、俺の立場なんて今回の謹慎でなくなったようなもんだし。それに君だってさ、この件ではいろいろと考えることがあるのでは?」

「さて、何のことでしょう? 私にはこれといってありませんが」

「ほぅ? ならばなぜ君は今、こんなまだるっこしい連絡方法を取っている?」

「それは……」

「誰かさんに聞かれたくない。だから、こうして話しているのでは?」


 まずい。

 松永の胸に、焦燥感しょうそうかんが広がっていく。

 いつのまにやら、相手のペースにのせられている。

 もう少し情報を手に入れたかったが、これ以上は危険だ。

 このままでは、逆に自分が彼にそれを渡しかねない。

 大した収穫は得られなかったが、そろそろ潮時しおどきだ。


「鹿又様、申し訳ありません。そろそろ自分は、一条に戻らねばなりません。今までの話は内密にいたしますので」

「そうかい? では、最後に二点ほど伝えておこうかな。一つ目、うちの事務方の子のサイトの『blue bird』の感想。あれは君からの接触の時点で消去済みだ。これで君とこちらの接点を知るものはいない」

「そうですか。ご配慮に感謝いたします」

「いやいや。そして二つ目、あのサイトは君だけを呼び寄せるために作ったものではないよ。招待しようと思っていたものだからね」

「私、……だけではなかった?」


 どういうことだ。

 他にも人出ひとで品子しなこの事件を知り、関わる人間がいるというのか。

 松永の脳裏に、うつぼ惟之これゆきの顔が浮かびあがる。

 だがそうであれば、鹿又が『ある子』などという言い方をすることはない。


「……その方からのご連絡は?」

「もちろん来ていたよ。君よりも早い、今日の午前中にね」

「どなたかを、お伺いしても?」

「おいおい、随分と欲張りじゃないか。一方的に欲しがったって、そう簡単には手に入らないぞ」


 鹿又のこれまでの言葉から、その人物の候補を考える。


「鹿又様、では少しクイズを楽しみませんか? 私がその方を当ててみせましょう」

「遠慮するよ。『楽しむ』ということであれば、ある程度こちらにもメリットがなければ成立しない。ならば君は、俺にどんなメリットをくれるというんだ?」


 恐ろしい男だ。

 気が付けば、いつのまにやらこちらが追い込まれている。

 

 落ち着け。

 予想外のことを立て続けに語ることで、彼が動揺を誘っていることを忘れるな。

 指先を馴染みのある煙草に添わせながら、冷静さを取り戻していく。

 

「確かにそうですね。ではこちらからも意見を。『ある程度、見逃してくれ』と鹿又様はおっしゃいました。ですが、それがどんな行動かわからない以上、自分はそれが出来ません」

「まぁ、確かにそうだな。う~ん」


 鹿又からの言葉が途切れ、電話口からは出雲が叫んでいる様子がうかがえる。

「勝手なことはやめてください!」という彼女の悲鳴を聞きながら、ためらいがちに声を掛けていく。 


「あの、取り込み中のようでしたら、自分は失礼しますが」

「あぁ、もう大丈夫だから。俺、まだるっこしいの嫌いだからさぁ。松永君、単刀直入に聞くよ。君んところの一番偉い、吉晴様についてだ」


 胸騒ぎを覚える。

 早く通話を終わらせたい。

 だが、彼の立場が上である以上、こちらから通話を切ることはできないのだ。


「私でお答えできるのでしたら。ですが吉晴様のことでしたら、私よりも鹿又様の方がご存じなのでは?」


 一条の長、蛯名えびな吉晴きはるは本部に滞在しているものの、その姿を現すことはめったにない。

 松永自身も、吉晴の秘書である高辺や十鳥を通じて、報告を伝えるほどの接点しか持たされていないほどだ。 


「だろうね、俺の方がよっぽど接触は多いだろう。さて、そんな吉晴様なんだが」


 その後に語られる言葉に、松永は言葉を失う。


「君や俺が見ている蛯名吉晴。それは本物なのかな? ねぇ、松永君はどう思っているの?」


――――――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 さて、毎週水曜日に投稿しておりますこちらの作品ですが、次週の投稿は火曜日の三月十二日に第351話となる『松永京は問われる』を予定しております。


 次週の水曜日は三月十三日。

 「さとみ」の日、ということで、この日は「冬野つぐみの『IF』なオモイカタ」にて沙十美が主役となる話を投稿いたします。


「冬野つぐみの『IF』なオモイカタ」では季節ネタのお話や、つぐみ以外の人物が主役となるお話を掲載しております。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648893972515


 タイトルは『蝶は誰のために舞うのか』。

 彼女のとある一日を、皆様にお届けしていきたく思っております。

 

 どちらの作品も、お楽しみいただけますように。

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