第349話 松永京は誘い出す

「怖っ。敵に回したくない女性が、また一人増えちゃったよ」


 呟くと同時に、スマホの画面に見覚えのない番号からの着信が入った。

 松永まつながは通話ボタンを押し、相手へと話しかけていく。


「こ~んにちは~。まっつんから愛を込めてお話したいのですが、大丈夫ですかねぇ?」


 数秒の沈黙の後、聞き覚えのある女性の声が耳に届く。


「問題ありません。お伝えした通り、あなたが懸念けねんしている方々はそれぞれ遠方、あるいはこちらに関われる状況ではないのは確認済みです」

「そりゃどうも。ところでさ」


 彼女はどこまで把握しているのだ。

 相手の采配さいはいに少々の驚きと、あふれる好奇心を抱きながら松永は問う。


出雲いずもちゃんさぁ、今更だけど先読み過ぎて怖いんだけど。高辺たかべさんだけではなく『秘書』って複数形にするところとか」


 高辺のみならず、十鳥とどりも警戒対象である。

 彼女はすでに、それを理解しているということだ。

 かすかな動揺すら見せず、冷静に出雲こはねは答えてくる。


「障害になりそうであれば、早めに確認しておく。松永さんも常に行っていることでは?」

「そうだね。ついでにいえば俺だったら、確認どころか排除しておきたいところだけどさ~」

「……一介いっかいの事務員に、そのような大それたことは出来ません」

「そう? でもさぁ」


 くすくすと笑いながら、松永は言葉を続ける。


「今、お方。その人なら出来ちゃうんじゃな~い?」


 さぁ、どう答えるか。

 相手からの対応次第では、このまま会話を終えるという選択も考えながら返答を待つ。


「松永さん。あなたのおっしゃっていることがわからな……、えっ、いけません! お待ちくだっ」


 彼女の声が途切れ、次に聞こえてきたのは重みのある男性の声。


「お望み通り、引っ張り出されてやったぞ。愛たっぷりのまっつんさんよぉ」

「いえ、ちょっと違います。私が言ったのは愛を込めてですから。……鹿又かのまた様」


 ――やはりいたか。

 目論見もくろみ通りの反応に、笑みをこらえながら松永は煙草ケースへと手を伸ばす。


「一応、聞いておこうか松永君。なぜ俺が、出雲と一緒にいるという結論を出した?」

「それは質問ですか? それとも、二条の長としての『命令』ですか?」


 電話口の向こうで、大笑いする声が響く。


「おいおい。俺は今、謹慎中だぞ。長としての権利は、全て清乃きよの様に渡した。だから今の俺は、『ちょっと前まで二条の長だった、ただのおっさん』だ」


 豪快な言いざまに、緩んでいた口元から思わず笑いがこぼれ出てしまった。

 さすがにまずいと考え、謝罪の言葉を口にする。 


「申し訳ございません。先ほどの態度は……」

「いいって、おっさんなんだから。だから、さっきの答え、教えてくれよ」


 ……あるじとは違う意味で、これは厄介やっかいな相手だ。


 慎重に行くべきだと、理解はしている。

 それなのに、この状況を楽しみたい。

 彼にはそう思わせる、不思議な力がある。


 なるほど、二条の結束が固いのはこの人の存在があってこそ。

 ならばここは、お望みどおりに答えて、相手に好印象を与えておくべきだ。

 その方が得るものが多かろう。

 そう判断をし、柔らかな口調を意識しながら答えていく。


「ふふっ、鹿又様には勝てませんね。わかりました、お話しいたします」

「さすがまっつん、遠慮なく教えてくれよ」


 ふざけた合いの手を挟まれ、緩みそうになる心を制しながら、松永は続けていく。 


「まず二条近くの休憩室での、事務方のお嬢さん方による雑談に見せかけた情報提供。そしてすぐにこうして、自分へと出雲さんが連絡をよこしたことですね。出雲さんは確かに優秀な方ですが……」

「出雲個人の力だけで、ここまで出来るものではない。そう言いたいと?」

「はい、その通りです」


 平常心を保とうと、煙草を一本取り出す。

 さすがに吸うわけにはいかないので、指でもてあそびながら言葉を選んでいく。 


「今回、謹慎になったのは鹿又様だけではありません。二条内ではうつぼ様や出雲さんを慕う方も多いことでしょう。その人達からすれば、皆様をおとしいれた相手に、一矢いっしむくいてやりたい。そういった感情が生まれてもおかしくはないかと」 

「なるほどな。松永君は俺と出雲だけではなく、二条全体がこの件に加担している。そう考えているということか」

一条うちの人間のスケジュールを、ここまで把握できている。謹慎中の皆様に、そうそう出来ることではないですから。あとは私を呼び寄せるためだけに作ったであろう、事務方の女性の個人サイト。あれはいくら何でも作りこみすぎです」


 事件が起こったのは昨日。

 わずか半日足らずで、いくつもの話を掲載しているサイトを作成するなど、かなりの人数の協力がなければ不可能であろうに。


「ん~。まぁ、……そうだな。確かにそのあたりを考えてみたら、俺や出雲が出来る範囲を超えているわけだしな。……うん」


 なぜだか歯切れの悪い口ぶりではある。

 今あげた推測の中に、何か違うものがあったということか。

 それを問いかけようとするものの、鹿又の声にさえぎられてしまう。


「さて。一条事務方である君は、この話を聞いてどう行動する? こちらとしては、別に協力をしてくれなどと言うつもりはない。ただ俺達の行動を、ある程度は見逃してくれると助かるんだがねぇ」


 随分と内情を明かしてくるではないか。

 今の発言にあった、『俺達の行動』とやらも気になる。

 出来ればここで、彼の目的をあぶりだしておきたい。


 ならば、こちらの情報を少し出して様子をうかがうとしよう。

 松永は心配する素振りを装い、鹿又へと口を開くのだった。

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