第294話 靭惟之は伝える
「今回の一条における面接。どんな内容だったかは聞いていない。だが当初、一条は冬野君を迎え入れず不合格にして、彼女の記憶を消して終わらせるつもりだったようだ」
「だろうね。そうすることにより一条の地位を高め、他の所属の力を弱めるのが里希の目的だろうから。そのために冬野君にもひどい言葉をかけていた訳だし」
惟之の言葉に品子が悔しそうに唇をかみしめている。
里希との最初の面接で、つぐみが受けた言葉はかなり
「だが面接において、冬野君は予想以上に里希の心を動かしたらしい。それもあって今回は、試験の内容のみを消すだけで彼女自身の記憶を残した」
「あの里希様が他の所属への再試験も認めるなんてすごいことですよね。つぐみさんは一体どんな行動をしていたのだろう? 惟之さんは今回は『鷹の目』は?」
「一度も使っていない。発動を悟られ、冬野君に迷惑をかけたくなかったからな」
惟之の言葉に品子が不満そうに口をとがらせる。
「何だよ。ちょっとくらい覗いておけよ。じゃあ結局、里希の心変わりがどうして起こったのかは分からないままか」
「冬野君も覚えていないようだからそうなる。あと、今から話すのは浜尾さんから聞いたものだ。俺達がこの事実を知るのは彼にとって相当なリスクのはず。なので、ここでの話は
惟之の言葉に明日人がうなずく。
「わかりました。ですが浜尾さんがここまで協力的なのはありがたくもあるのですが……。どうしてここまでしてくれるのか、理由が全く分からないですね。お二人はそんなに彼と接点がありましたっけ?」
不思議そうに尋ねる明日人に対し、品子は首を横に振る。
「以前も言ったけれど、私は浜尾さんに一度も会ったことがないんだ。里希にいろいろ言われるのが嫌だから避けていたからね。彼の部下ともなるとさらに接点も無い。それこそ明日人はどうなのさ?」
品子の問いかけに明日人は視線を上に向け、記憶をたどっている。
「僕は何度かありますよ。もう一人の側近の松永さんは会えば挨拶や雑談くらいはしますね。浜尾さんはとてもまじめな方ですけど、松永さんは結構フランクな方ですから。お話しているとなんだか楽しい方ですよ」
会話を聞きながら惟之の中には違和感がおこる。
里希の側近として、彼ら二人が任に就いてもう十年ほどになるはず。
それなのに品子は『一度も会ったことがない』と言う。
自分や明日人は、何度も会うことがあるというのに。
品子が里希に関わらないようにしているとはいえ、こんなことがあるのだろうか。
口には出さないが惟之の中で一つの説が浮かぶ。
これは『互いが避けている』からこそ起こりうるものではないのだろうかと。
だが彼ら二人が品子と距離を置く理由が、今の自分には思いつかない。
何より肝心なことを、自分はまだ二人にまだ話せていないのだ。
出雲が時間を稼いでいるとはいえ、のんびりとはしていられない。
「……そしてもう一件。今回の里希の行動により、浜尾さんから警告を受けた。『今後、冬野君をなるべく白日に近づかせないように』とのことだ」
惟之の発言に品子が眉をひそめる。
「彼女は白日に入りたいと言っているのにか? それはどういう
品子のきつい言い回しに、明日人がなだめるように声をかけていく。
「落ち着いて下さい、品子さん。……惟之さん。先程つぐみさんに対し、清乃様との面接が少し後になると言ったこと。これは浜尾さんからの警告があったから、と理解していいですかね?」
真っ直ぐに見つめてくる明日人に、思わず惟之は苦笑いを返してしまう。
「さすがに明日人にはお見通しか。あぁ、その通りだよ」
「浜尾さんがどうしてそんなことを言ったのかは聞いているのか? 彼の言葉を
品子からは射るような視線が、惟之へと向けられていく。
表情も変えず惟之はそれを受け止める。
「……そもそも当初は、冬野君が白日に入るのをお前は渋っていただろう。ならば好都合ではないのか?」
品子の顔に不満げな表情が浮かぶ。
「惟之、私に喧嘩を売ってるの? 冬野君が二条に来なかったからって当てつけか?」
「……どう捉えようがお前の自由だ。だが俺からも言わせてもらおう。最近のお前は、冬野君のことになると冷静な判断を失いがちだ。もう少し理性を保て。お前が上級発動者だというのならばな」
「ちょっと待ってくださいよ、二人共!」
慌てた様子で明日人が二人の間に入ってくる。
「えっと、惟之さん。浜尾さんからの警告と言っていましたよね? 意見ではなく強めの言葉である『警告』として伝えられたということなのですね」
惟之はうなずき、言葉を続ける。
「具体的には誰とは教えてもらえていない。だが今回の件で冬野君が何者かに『目を付けられてしまった』らしい。そしてその相手は、命なんぞはたいして価値のないものと考えている存在だそうだ」
正体の分からない圧迫感に耐えるように、惟之はごくりとつばをのみこむ。
「俺は冬野君に
しばしの沈黙の後、品子がぽつりと呟く。
「なぁ、惟之。その存在というのは里希ではないということか?」
「おそらくな。浜尾さんは『里希の行動により』と言っていたのだから」
「となると他に該当するのは……、
品子の言葉に明日人があいづちを打つ。
「可能性は否定できないですねぇ。だってつぐみさんが一条の試験を受けているのを知っている人物は、かなり限られてくるわけですから。理由は分かりました。僕もその方針で動くようにします」
「あぁ、頼む。品子、お前の意見は?」
「意見も何も、そこまで言われてはな。お互い冬野君に悟られないように気を付けようというくらいか」
「確かにな。……お、出雲からの連絡だな。そろそろこちらに戻って来るそうだ。品子はこのまま冬野君を連れて帰るようにしてくれ。明日人、お前さんはどうする?」
問いかけに対し、明日人は少し困ったような笑みを浮かべている。
いつもの彼にはない雰囲気に、どうしたのかと尋ねる前に明日人が口を開く。
「僕はつぐみさんの顔を見たら四条に戻りますよ。あの惟之さん。……ちょっとお願いしたいことがあるのです。後でお時間を頂けますか?」
「あぁ、かまわないよ。ではこれで解散だな。お前達、気を付けて帰れよ」
それからすぐに、タルトを食べて上機嫌のつぐみと出雲が部屋へとやってきた。
そのまま退出すると言った出雲に、それぞれが挨拶を済ませる。
品子はつぐみと共に木津家へ。
明日人は四条へと戻っていった。
静まり返った部屋で一人、惟之は今後の行動を思案していく。
つぐみの件は品子と明日人に共有したこともあり、大きな問題はない。
問題は、帰り際に明日人から伝えられた要望についてだ。
「さて、どうしたものか」
こぼれてしまった言葉。
その理由は未知に対する不安かそれとも……。
だが自分以上にそれを抱きながらも、問うてきた彼に応えてやりたいと惟之は思う。
今にも泣きそうな顔で彼はこう言ったのだ。
「惟之さん。僕はあなたに『
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お読みいただきありがとうございます。
これにて第五章は完結となります。
さて、章終わり恒例番外編に移らせて頂きます。
次話タイトルは「彼女は水着に着替えるか」でございます。
よろしければ、感想やブックマーク等頂けたらとても嬉しいです。
五章おつかれさん!
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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