第257話 冬野つぐみは助言を求める
「聞きたいことって、やっぱり面接の話だよねぇ」
明日人が嬉しそうな顔で聞いてくるのを、つぐみは苦笑いで返す。
「はい。その面接に向けて注意事項などがあれば、事前に教えていただきたいなぁと思いまして」
筆記試験は問題なかった。
だがつぐみは、自分の性格を十分に理解している。
緊張して、うまく話せないという未来がみえているのだ。
ならば、事前に情報を仕入れておけば、心に余裕が出来るはず。
その期待を込め、三人へと尋ねていく。
「うーん、僕は分かんないや。
明日人は残念そうに。
ではなく、相変わらずの笑顔でこちらに話している。
むしろ、この状態を楽しんでいるのがみてとれた。
「そう言った意味では、俺も三条ではないからなぁ。だから、いつもの君でいてくれればいいというアドバイス位だね」
惟之は軽く微笑み、隣りにいる品子の方をちらりと見た。
「えー、じゃあ私からだけかぁ? えっとねぇ、清乃様は気に入らないと人の頬をつねるし、頬だけでは飽き足らず耳も引っ張るし。ん~、とにかく怒らせなければ大丈夫ってところかな! うん!」
眩しい笑顔で品子が語るのを、つぐみは顔色を悪くしながら聞くのが精一杯だ。
「つ、つねられるのですか? 初対面なのに?」
聞けば聞くほど、心の余裕どころか不安しか出てこない。
動揺を隠せないつぐみをみかねたのだろう。
明日人が「そうだ」と呟く。
「面接時には、推薦者が一名だけ付き添ってもいいことになっているんだよ。だからつぐみさんに誰かが一緒にいればいいのでは?」
「な、何と! それはかなり心強い提案です。私には三人の推薦者がいてくれるから!」
つぐみは、頼みの綱の三人を見やる。
「あ、でも僕はだめ〜。さっきも言ったけど、清乃様との繋がりがないからね。そんな僕が同行したら、あの方の機嫌を損ねてむしろ不利になると思う。つぐみさんの様子を、そばで見てみたかったけどねぇ」
残念そうに語る明日人の隣りにいる惟之を、すがるようにつぐみは見つめた。
頬をかきながら、彼は申し訳無さそうに続ける。
「俺もだめなんだ。あいにくとその時間帯は、外せない用が入ってしまっている。推薦まではいいが、俺が付き添うとなると恐らくは清乃様はいい顔をしない」
つぐみが不思議そうな顔をしたのに気づき、惟之は答える。
「面接の手続きを取り扱う責任者である俺が付き添うのかと。他の者と比べて、不平等ではないかとあの方に言われてしまうだろうな」
それならば仕方がない。
改めて清乃は、厳正で公平な目で見る人物なのだとつぐみは知る。
と言うことはだ。
「……ごめん。私もだめなんだ」
うつむきがちに品子が呟く。
こればかりは仕方がない。
自分が所属する長が相手なのだ。
そのような近い関係の付き添いなど、きっと清乃は許さない。
つぐみにだってそれ位は理解できる。
「わかっていますよ。先生は一番、三人の中ではだめですよね。三条の上級発動者といえば、清乃様に近すぎる存在。そんな先生が同行したら、公平な立場を好まれる清乃様は許さない。そういうことですよね?」
白日に入りたいと決めたのは、他ならぬ自分なのだ。
これは一人で乗り越えなければならない壁。
つぐみは、改めて自分のすべきことを心で
「私は清乃様が初対面の方だからとか、人と接するのが苦手だからと言い訳をしていました。逃げていてはいけない。己の心にきちんと向き合い、この面接をやり遂げるように頑張りますよ!」
ぐっと拳を握ると、つぐみは皆に向かいにっこりと笑って見せた。
そんな自分を、明日人は優しい目で見つめている。
品子は何だか申し訳無さそうな、気まずそうな表情を向けてきた。
そして惟之は、笑いをこらえながら、つぐみを見ているではないか。
「……靭さん、その顔はどういうことですか?」
つぐみの質問に、明日人は隣にいる二人を見つめる。
そうして「あ!」と小さく声を上げると、品子を見てにやりとした。
「もしかして、品子さん。実は、面接に付き添えるのではないのですか?」
明日人の言葉に、品子の肩がびくりと震える。
「い、いや。明日人も聞いただろう? 冬野君はやり遂げるように頑張ると言っている。ならば私の出番などない、……よね?」
引きつった笑いで見てくる品子に、つぐみが向けたのは冷たい視線。
滅多にないつぐみの行動に、品子の目が泳ぎだしている。
「ででっ、でもねっ! 君は清乃様とは初対面ではないよ。以前に一度、会っているからね。そういった意味では緊張の具合は変わってくるのではないのかい?」
「え、私が清乃様に会っている? 全く覚えがないのですが」
惟之が、やれやれといった口調で話し始める。
「品子の説明が悪いな。以前、一緒に君の学校の近くにある喫茶店に行った時を思い出してくれるかい? その時に君は清乃様に会っているんだ」
「……あ、まさかあの時に来てくださった?」
喫茶店で室と話をする手はずが整うまで、つぐみは品子の車の中で待機していた。
その時に、つぐみはある女性に声を掛けられている。
「た、確かにお会いしていました。でも皆さんから聞いている姿と、私が拝見した姿が一致しないのです。なんだか戸惑いがありますね」
「そうそう! あの方は見た目と言動が随分ギャップがあるからねぇ。さぞ困惑しただろう」
話題がそれたことによりほっとしたのだろう。
品子は嬉しそうにしている。
「その清乃様は品子が同行しても、冬野君に対しては何も問題はないんだ。ただ品子は清乃様に面接の際に、己の未熟さを指摘されるであろうことを恐れて行かないと言った。まぁ、そんなところだろうな」
「なっ、惟之っ、お前はっ……!」
どうやら惟之の指摘は図星のようだ。
明らかに動揺する品子を見つめながら、ふと生じた疑問を口にする。
「靭さん、どうして先生ならば、清乃様に同行を認めていただけると思ったのですか?」
つぐみの問いに、惟之はにやりと笑う。
「そうだな。それは清乃様に会ってからのお楽しみとだけ言っておこうかな。何、君にとって不利になるものではないからそこまで心配しなくていい」
気にはなるが、彼がそこまで言うのならば心配なさそうだ。
そうつぐみは結論づける。
それよりも今は顔色が青白いを越えて、もはや驚きの白さに変わっているこの人の心配をした方がいい。
つぐみは品子へと声を掛けていく。
「せ、先生? 生きてますか?」
品子は、油の切れたロボットのような緩慢な動きで、つぐみへとゆっくりと顔をかたむけた。
「うん、ミミズもオケラもアメンボも、もちろん人出品子も生きているんだ。……友達なんだよ」
「先生? いや、これちっとも生きているって言えない状態だと思いますよ!」
思い返してみれば室と会ったあの日の夜遅くに、惟之と品子は二人して頬を腫らして帰って来た。
つまりは二人は清乃からつねられ、引っ張られていたのだ。
今更ながらの答え合わせに納得する。
少しだけとはいえ、事情は理解出来た。
大きく息を吸い、つぐみは皆へと宣言する。
「皆さん! 私は……、私は一人で面接に臨みます」
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