第345話 靭惟之は探す

「随分とまぁ、愉快なメイクをしているじゃないか、惟之これゆき


 管理室に呼ばれた惟之の顔を見て、三条さんじょうおさである清乃きよのが苦笑いを浮かべている。

 あれから医務室に運ばれた惟之は、鹿又かのまたからの言葉もあり、発動による治療を拒否していた。

 己の行動を反省せねばならない。

 治療班にはそう話し、通常の手当のみを受ける。

 そのまま本部内の自室へと戻り、痛みと共に一夜を明かした。

 浅い眠りからの目覚めは、決して良いものではない。

 鏡からは、いくつもの青あざと内出血の跡が残る顔が、自分を見つめ返してきた。


 処分を決める会議は朝から行われる。

 自室で呼び出しを待つが、どうしたことか連絡は一向にこない。

 ようやく昼前頃に届いた言伝ことづては、自分の所属する二条にじょうの長である鹿又ではなく、清乃からのものだった。


『三条管理室へ』 


 短い言葉に相手の複雑な心境をはかりながら、惟之は清乃の元へ向かった。

 入室してすぐの言葉に、彼女なりの気遣いを感じながらソファーへと座る。


「結論から言う。鹿又は謹慎処分になった。お前達のホテルに対する私的な介入の管理不行き届き。更にはその際のお前への過剰な制裁。それらの責任を取るという形だ」

「そうですか。あの、……出雲いずもの処分は?」

「彼女は上官であるお前の指示を断りきれず協力した、ということになっている。とはいえ、関わっている以上、自宅謹慎はまぬがれないがな」

「そうですか。寛大な処置に感謝します」


 ここまでは、鹿又の想定通りといったところか。

 自分が会議に呼ばれなかったのも、彼の尽力によるものであろう。


『お前が全部をひっかぶってくれれば』


 そう語っていた鹿又自身が、それを行っていたのだ。

 彼を巻き込んでしまったことに、惟之は深い罪悪感を覚える。


「ったく、朝っぱらから迷惑な話だよ。鹿又のやつ、『自分はここにいられる立場でない。後は清乃様に一任いたします』とか言って、さっさと退場しやがったんだぞ。鶴海つるみは『自分は吉晴きはる様に一任している』とかいって最初から出ても来ないし。おかげで、その吉晴様と二人だけの仲良しタイムになっちまったじゃないか。全く……」


 清乃は一通り文句を言いきると、ふっと小さく笑いを浮かべ、惟之を見つめる。


「しかしまぁ、鹿又は本当に上手いことやったもんだ。最初に宣言してくれたおかげで、二条の権利は私が行使できるように。さらには先に過剰な制裁を加えたことで、お前にこれ以上の懲罰は不要だと誘導していきやがった」

「えぇ。清乃様に権利を委譲したことで、一条へ権力が集中しないように。そのことも想定して動いていたのでしょう」

「食えない男だねぇ、あいつは。さて、お前への処分だが出雲と同じだ。自宅にて謹慎を命ずる。謹慎期間中の発動は禁ずる。以上だ、何か聞きたいことは?」

「品子と冬野君の件は、清乃様はどこまで把握しているのですか? ホテル側に今一度……」


 清乃の顔が、苦い表情へと変わっていく。


「その件に関わることも認めない。一条様から、ありがたいお言葉をいただいているよ。『今後も、私的な理由でホテル側に接触するのは望ましくない』とな」

「どういうことですか? それでは……」

「お前の想像通りだよ。ここで下手に動けば、今度は二条だけでなく、三条がよろしくない立場となる」


 清乃が品子を探すために行動すれば、それを一条は見逃すことはない。

 つまりは、三条の権力を一条が奪う口実になるのだ。

 あまりに不条理な、けれども抗えない状況に惟之は叫ぶ。


「そんな! それでは品子達は!」


 清乃までが動けないとなると、彼女達の行方を誰が探し出せるというのだ。


「清乃様! この決定に納得が出来ません。それならば自分は!」

「くどいぞ、惟之」


 清乃はぴしゃりと言うと、惟之を見据える。

 

「お前にもわかりやすく言ってやる。一条が目を光らせている今、私達は品子を探しに行くことが出来ない。自宅にて謹慎を始めろ、それ以降は発動を禁ずる。……以上だ。さぁ、部下達に挨拶でもして、家に帰れ」


 厳しい言葉に、惟之は唇をかみしめる。


「わかり、……ました」


 うなだれたまま立ち上がり、惟之は振り返ることもなく部屋の出口へと向かう。

 互いが口を開くこともなく、扉は静かに閉ざされていった。



◇◇◇◇◇



 三条管理室を退出した惟之は、足早に二条の自室へと歩き出した。

 深刻な表情、さらには腫れた顔で歩く自分に、通りすがる職員たちはぎょっとして道を開けていく。

 部屋に入りすぐさまサングラスを外すと、惟之は発動の準備を始めた。


『自宅にて謹慎していろ、発動を禁ずる』


 自宅に帰る前である今は、まだ発動を許されている。

 清乃が作ってくれたこの猶予ゆうよを、無駄にするわけにはいかない。


 他の発動者に捕捉されぬよう、いつも以上に慎重に。

 静かに鷹の目の集中を高め、ある人物を探していく。


 ――いた。

 惟之は、本部内をゆったりと歩いている相手の様子をうかがう。

 彼が一人になったタイミングで、発動を使い話をするためだ。

 時折すれ違う職員たちは彼を見ると嬉しそうに声を掛け、あるいは彼が自分から話しかけていく。

 それでも長らく足を止めることもなく、やがて彼は屋上へとやってきた。

 夏の厳しい暑さもあって、他に人はいない。

 ベンチに座った彼は、煙草を取り出す。

 だが何やら考え事をしているようで、火もつけず口にくわえたまま動こうとしない。


 一人になった今がチャンスだが、どう話をしていけばよいものか。

 惟之がためらっていると、彼はおもむろに顔をあげる。

 そうしてにやりと笑い、言い放ったのだ。


「どうされました? お困りなら、どうぞご用命を」



◇◇◇◇◇



 そんな馬鹿な。

 彼は発動を持たない一般人のはず。

 それなのに、どうして自分を捕捉できているのだ。

 その動揺を抱えながら、惟之は口を開く。


「なっ、どうして私のことを」


 思わずこぼした惟之からの言葉に、彼は。

 一条の事務方である松永まつながけいは、満足そうに再び笑みを浮かべる。


「あー、よかった当たっていて。そうじゃなきゃ俺、空に向かって独り言をつぶやく怪しい男になっちゃうところでしたよ」


 愉快そうに笑う松永の行動に、惟之は言葉を失う。

 つまり彼は、惟之が接触をしてくると予測していたということだ。

 松永の先読み能力に驚きながら、今の発言により生じた疑問をぶつけていく。


「松永さん、一人になれば私が話しかけてくる。だからあなたは、わざわざ屋上に来たのですか?」

「……いえいえ、それは買いかぶりすぎというものです。自分は煙草が吸いたくなった。そこまでで、よろしいではないですか」


 どこまでこの男は把握しているというのだ。

 かつてつぐみから感じたような。

 いや、それ以上に年齢や経験で養われた知略に、惟之の背中を冷たい汗が流れていく。

 そんな自分へと、松永は軽い調子で声を掛けてきた。


かすつもりはありません。ですが惟之様は、まだすべきことがおありなのでは?」


 確かにその通りだ。

 ここで時間を取られるわけにはいかない。


「えぇ。私は、あなたにお願いがあってまいりました。実は……」


 惟之の話に、松永は早急に連絡をするとだけ言葉を残し、屋上から去っていった。

 再び意識を二条の自室へと戻した惟之は、ソファーへと身をゆだねていく。


 あまり長く本部に滞在すると怪しまれてしまう。

 それまでに、なんとしてでも返事が欲しい。

 もどかしい気持ちを抑えようと、両手で顔を覆えばスマホから着信音が聞こえてくる。

 画面に現れた松永の名を確認した惟之は、小さく安堵のため息を漏らす。

 道は開いた。

 だが、今の状態はとてもか細く、頼りないもの。

 それでも、諦めるつもりなどない。

 自分達は、今までもその危機を乗り越えてきたではないか。

 拳を強く握りしめ、惟之は笑ってみせる。


「だったらこじ開けるしかないよな。だから二人とも、どうか無事でいてくれ」

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