第346話 靭惟之は判断を待つ
行き先は屋上。
説得は大変だろうが、自分は応援しているという内容が書かれていた。
以前もこうして、彼に助けてもらった。
あれからまだ、それほど日は経っていないというのに。
――今、
あの時は、迎えに行く『だけ』だった。
けれども、今回は違う。
十五分という限られた時間で、相手の協力を取り付けねばならない。
ましてやその相手は、自分を大変に嫌っている人物だ。
こぼれ出た
心を落ち着かせ、腕に力を込めると、屋上への扉を押し開いていく。
昼過ぎのまぶしい日差しが、惟之を迎え入れる。
そうしてさらには……。
「呼び出した方が遅れてくる。随分といいお立場でいらっしゃるようで」
歓迎とは程遠い言葉に、簡単に話が進まないことを思い知る。
だが確かに、相手を待たせてしまったのは事実だ。
惟之は、詫びの言葉を出していく。
「申し訳ない。今日は時間を取らせ……」
「下らない挨拶は結構。用件を」
相変わらずのとげとげしい態度に、怯んでいる場合ではない。
冷たい眼差しを自分へ向けている男を、惟之は見つめ返す。
「分かった。では、はじめようか。……
自分より上の立場である彼のことを、普段は『
だが、惟之はあえて親しくしていた頃のように名前で呼んでみせた。
それに全く動じることなく彼は。
一条の上級発動者である、
「手短に願います。私もそんなに暇ではないので」
◇◇◇◇◇
「それで? 松永に何を吹き込んだのですか。私はあなたとなど、内密で話をすることなんてないのですが」
「えっ? その、……松永さんから、何も聞いていないのか?」
惟之の言葉に、里希は不快な表情を見せてくる。
松永には今までの状況と、そのために里希と二人で話をさせてほしいと頼んだというのに。
「私も問いましたよ。けれども彼からは『本人から聞いてくれ、自分はその下準備に向かう』と言って、
「それは申し訳……、いや、そんな話はいい」
姿勢を正すと、惟之は里希へと告げる。
「驚かないで聞いてくれ。品子と冬野君が、昨日から行方不明になっている。頼む、お前の力で彼女達を見つけて欲しいんだ」
目はそらさない。
彼が本当に、松永から聞いていないのかを知りたいからだ。
里希は、口元にこぶしを当て、何やら考え込む様子を見せる。
やがて手を下ろし、無表情な視線を惟之へと向けてきた。
「なぜ私にそれを? その仕事ならば、
「俺は、それを許されていない。もうじき俺は、謹慎期間に入る。そして一条からの指摘により、清乃様も品子達の行方を探すことが出来ない」
惟之の言葉に、里希の口元にかすかな冷笑が浮かび上がる。
「二条と
「断定はしない。しかし、俺はそれを疑っている」
里希は「おや」と呟き、しらけた笑いをこぼした。
「言葉に気を付けてください。一条である私に、よくもまぁ、そんなことが言えますね。そもそもなぜ、私に品子先輩を探せと言ってくるのです?」
「お前だからだよ。一条の上級発動者である蛯名様にではない。一人の人間としての、蛯名里希に頼んでいるんだ」
里希は眉をしかめていく。
「……私が、その誘拐の主導を握っている。それを考えないのですか?」
「それはない」
即座に否定する惟之に、里希は問いかけてくる。
「すごい自信ですね。その根拠を聞かせてもらっても?」
「もし本当にお前が、そうしたいと思っているのであれば」
言葉を切り、惟之は里希を見つめた。
「十年前にそうしているはずなんだよ。こんなに長い間、待たずに。なぁ、里希」
この言葉を、思いを。
もっと早く伝えることが出来ていたならば。
もう少し違う未来を、二人は歩いていたのだろうか。
「お前達に何があったのか、俺には知る権利はない。だがそんな俺でも、言えることがある。分かんねぇことは相手に聞けよ。たぶんそれは、相手も知りたがっているはずな……」
ひゅんと風が鳴る音がした。
手の甲へと描かれた赤い線と痛みをちらりと見下ろし、自分へと指先を向けた里希を再び見据える。
「惟之さん、前にも言ったはずです。あなたが介入していいものではない」
淡々と語ってはいるが、彼の目に宿るのは怒りだ。
彼にも譲れないものがあろう。
だが、それは自分とて同じだ。
「それがどうした。今ここで引き返せば、品子は二度と戻ってこない。あいつからの答えを聞くことなく、お前の世界は閉ざされちまう。そんなつまんねぇ終わり方なんて、絶対に認めない。俺はな、お前にも品子にも、後悔してほしくないんだよ」
十年前には言えなかった。
ようやく伝えた、その言葉から逃れるかのように、里希は視線をそらす。
「……馬鹿らしい。こんなくだらない話を聞かせるために、松永にコンタクトを取ったのですか」
里希の手が、力なく下ろされていく。
「そうだよ。今、変えられるかもしれない未来がある。だったら俺は、それをどんな手段を使ってでも掴んでやる。何より、俺自身が後悔しないために」
思いはぶつけた。
気持ちは伝えた。
あとは彼の判断を待つのみ。
その彼は、いつも通りの冷ややかな表情を取り戻すと、小さくため息をついた。
「これ以上の会話は、必要ありませんね。あなたの急な呼び出しに私の時間が奪われ、部下二人が
「あぁ、俺に出来ることはなんだってやる。だから……」
「あなたの話を受けるとは言っていません。ここには話を聞きに来ただけです。では失礼」
振り返ることもなく、里希は屋上から去っていく。
その後ろ姿を見つめ、惟之は願うのだ。
どうか自分の言葉が、彼に届いているようにと。
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