冬野つぐみのオモイカタ
とは
第一章 冬野つぐみのオモイカタ
第1話 くらいへやで1(カテノナ:S)★
――もうじきあなたは、この世から消える。
目の前の男から言われた言葉に、女は唇をかみしめる。
『死ぬ』でもなく、『殺す』でもない。
なんてふざけた言いざまだろう。
いつもの自分であれば、鼻で笑い、この場から立ち去ったことだろう。
だが今の状況は、それを許してくれない。
弱々しいガラスのランプの灯火のみが照らす薄暗い部屋。
その部屋の中央にある椅子へと、自分は座らされている。
肩から下はまるでミイラのように、布できつく巻かれており、身動きすら出来ない。
顔を上げれば男の掛けた眼鏡のレンズに、ぼんやりと自分の姿が映る。
いびつに歪むレンズ越しにも分かる、大人びた雰囲気と美しさ。
だがそれらは今、何の役にも立たない。
無力さをかみしめつつ、女は自身の体を見下ろしていく。
身体が拘束されているにもかかわらず、苦しさや痛みは全くないのだ。
そして、
『痛み』という感覚も。
――見下ろせばそこに本来あるはずの『足』も。
この体からは、奪われてしまったのだから。
本来、足があった部分は、くしゃりと絞られた布があるのみ。
体の一部を失った、恐怖や悲しみの感情。
長時間の拘束により、それすらも今は消え失せてしまっていた。
耳に届くのは、定期的に落ちていく水の音のみ。
椅子の下には、透明の水槽のようなケースが置かれている。
水槽の中には、自分の体を「使って」作られた黒い水が、一滴一滴と落ちる度に表面を震わせていた。
「まずは先端からなんですよ。手と足からですね。頭部は残しておくのです。なぜだと思います?」
楽しそうに問うてくる男へ、冷ややかな目線を女は向ける。
「頭がなくなってしまったら、お話が出来なくなってしまうでしょう? そんなの、つまらないではないですか。だから頭は最後まで残るようにしたんです。今までの方達はね、揃って同じことをずっと言うんですよ。『酷い、助けてくれ、どうしてこんなことに』って。……でも」
女の緩いウエーブのかかった髪へと、男が愛おしそうに触れてくる。
「あなたは違いますねぇ。何を考えているのやら。でもその顔はとても美しくて素敵ですよ。初めてお会いした時は物静かで内気なお嬢さんだったのに、今では心も体もその美しさは輝かんばかり。その輝き、変わった姿を。それを周りから羨望の眼差しでみられるのは楽しかったでしょう?」
ゆっくりと男を見やり、女は口を開く。
「そうね。この部屋に来るまでは感謝していたわ。だけど今のあんたには、真逆の感情しか抱けない」
反応を見せたことで、男の顔に喜びの笑みが浮かび上がる。
「怒っている顔ですら、噛み付いてきそうな目つきも思わず見とれてしまいますよ。あぁ、あなたは本当に綺麗だ」
夢見心地の表情の男へと、女は口を開く。
「えぇ、怒っているわ。私にこんなことをしていること、それもある」
だが、この男を許せないのは別の理由からだ。
それを察したかのように、男は口を開く。
「楽しいですね。いなくなったあなたを探して、お友達が来てくれるのを待つのは」
男の言葉に反応し、わずかに体が揺れてしまう。
――自分自身のことよりも、この男に触れられたくない大切な人。
その存在を軽々しく呼ばれたことに、心が大きく揺らぐ。
あぁ、……つぐみ。
ここに来てはいけない。
どうか、もう私のことは……。
巻き込んでしまった、大切な親友。
その姿が、女の脳裏に浮かびあがる。
溢れる彼女への思いと後悔が、涙となり頬を伝い落ちていく。
こちらの反応に男は小さく笑うと、女の直下にある黒い水を指ですくい上げた。
「ありがとうございます。あなたという存在が私の、私達が生きていくための糧になってくれる。感謝しますよ」
歯を食いしばり、心からの叫びを女は上げる。
「その糧とやらは私だけでいいでしょう! あの子は関係ない!」
「いいえ、欲しいのですよ。彼女もあなたも。……さて、最期までよろしくお願いしますね。一緒に楽しくお話しましょう? あなたが完全に、この水となるまで」
女に向かい男は恭しく一礼をすると、口元に緩やかな弧を描き女の名を呼んだ。
「……ねぇ?
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