第366話 観測者は過去を語る

「ねぇ、むろさん。ちょっとした私の昔話を聞いてもらえますか?」


 開口一番、観測者はそう室へと告げてきた。

 やはり今日の彼は、いつもと違う。

 姿を見せず、声のみで接触を行う謎多き存在。

 そんな彼が自身のことを語るなど、今まで一度もなかったというのに。

 だが、この限られた時間にあえて話すというのだ。

 ならば、こちらは聞き届けるまで。


「かまわん、続けてくれ。しかし、千堂がいつ戻るかわからないが、いいのか?」

「大丈夫ですよ。それくらいは把握できますので。あなたはいつも律義というか、私に配慮をしてくれますよね」

「……あまり聞きなれない言葉だな。逆の言葉なら、後ろの女からさんざん言われているが」

「ふふ、相変わらずお二人は仲良しですね」


 心外だという顔をすれば、「おやおや」と観測者は楽しそうに呟く。


「それに勘の鋭いあなたのことだ。彼女が目が覚めた時に、気づかないはずがないでしょうに」

「そうでもない。他ならぬお前に以前、それを阻害そがいされた。そのせいで、千堂に仕事の話を聞かれてしまった時もあったからな」


 以前、彼の策略により、依頼を受けざるを得なかったことを室は思い返す。


「あぁ、あのしも久良くらの件ですね。あの時のこと、まだ根に持っているのですか?」

「当然だろう。お前がわざと千堂に聞こえるようにしたせいで、厄介やっかいなことになったんだからな」

「すみませんね。でもそのおかげで、あの時はとてもスムーズに処理をすることが出来ました。お二人には感謝しておりますよ」

「そのわりには、あの時、俺が死んでくれても構わないと言っていなかったか」


『あわよくば室さんが退場してくれたら、千堂さんは私のところに来てもらおうかなと思っていたのです』


 その任務の際に、彼は自分に対し、そう言ってきたのだから。


「いやぁ、室さんの記憶力の良さには参りますね。それだけパートナーとのつながりが深い。そういうことなのですかねぇ?」

「……余計なおしゃべりをしている時間は、それほどないはずだが」

「おっと、そうでしたね。いやぁ、自分のことを話すってなんだか照れますね」


 普段以上に饒舌じょうぜつなのは、それもあってのことか。

 戸惑い気味に向けられる言葉に、室はそう悟る。


「実は結構ね、私ってば長生きなんです。おそらく、室さんが思うよりもずっとずっと」

「そうか、声は俺より若いように聞こえるが」

「その方が、いろいろと都合がいいのです。『相手は自分よりも経験が少ない、弱い存在だ』。そう勝手に判断してもらった方が、仕事も付き合いもうまくいくことが多いんです」


 そこまでせずとも、彼に勝る強さを持つ者など、そういないというのに。

 あえてその考えを口には出さず、室は話を促していく。


「私の仕事と言うか、本来の目的を室さんにお伝えすることは出来ません。私はとても長い間、……今でもその仕事を行い続けています。それでですね、ある時ふと思ってしまったんですよ。『これからずっと自分は、一人でこれを続けていかねばならないのか』と」


 観測者は、口ごもるように言葉を区切る。


「一人であることに疲れていた。終わりの見えない行動にうんざりしていた。理由はいくらでもつけられます。そんな時に私は一人の子供に出会いました。聡明なその子は私の心に気づき、支えようとしてくれたのです。あの時は、本当に嬉しかったですねぇ」


 懐かしむように語る声は、どこか寂しげだ。


「その気持ちに応えたい。そう思った私は、その子にほんの少しだけ自分の力を分け与えました」


 彼の語り方は全て過去形で語られている。

 つまりは。


「その子供は、亡くなっているということか」

「いいえ、生きていますよ。……その子は今、こうして」


 観測者の言葉が途切れ、息苦しさを覚える圧迫感が室を襲う。


「私から、冬野つぐみさんを隠しているみたいですから」

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