第367話 千堂沙十美は叫ぶ

「今回の犯人は、お前の知人。そう理解すればいいのか?」


 むろの言葉に、観測者は「えぇ」と答えてくる。


「まだ確定したわけではないのですが、ここまで自分が把握できない。そんな力を持ちうる存在は、一人しか思いつきません」


 聞くほどに、浮かび上がるのは疑問。

 室は、言葉を選びながら問うていく。


「そいつが、冬野つぐみをさらう理由がわからない。そもそもお前は、なぜ彼女の誘拐に気づいた?」

「……ある人物から、冬野つぐみさんを探してほしい。そう依頼されたのがきっかけです。その方と千堂せんどうさん二人による、冬野さんに対する強く特別な『おもい』。そこから彼女の行方を探そうと考えました」

「だが先に、千堂から『おぼろ』で接触をすると提案された。そこで様子を見ることにしたと」

「えぇ。そちらで冬野さんとの会話が可能であれば、解決はかなり早まります。もっとも、冬野さんと連絡が取れればの話ですが……」


 彼の話しぶりからするに、成功率はかなり低そうだ。

 ならば自分はまず、戻ってきた沙十美さとみへの対応を考慮していくべきか。

 考えを巡らせる室へと、観測者はためらいがちに尋ねてくる。

 

「聞かないのですか? この件の依頼者が、誰であるかということを」

「別に興味がない。それよりも、お前も千堂の怒りをどう抑えるか。それを考えていた方がいい。なにせ」


 だん! という強い振動が、室のソファーを襲う。

 

「……この通りだからな」

「えぇ、やはりうまくいかなかったようですね」 

「なんなのよ! これは! いったい! どういうことなの、よっ!」


 怒りが収まらないようで、一言ごとにソファーへと拳を叩きつけながら、沙十美は叫んでいる。

 

「俺が知っているソファーは、こんなに揺れるものではないはずだが」

「知らないわよ! たまにはそんな家具があってもいいんじゃない!」


 会話に耐え切れなくなったようで、観測者がぷっと吹き出す声が室の耳に届く。

 

「笑っている場合じゃないでしょう! 観測者、早くつぐみを見つけなさいよ!」

「おっしゃる通りです。では千堂さん、冬野さんにたどり着くために、少しお話をいたしましょうか」


 穏やかな口調で語る観測者に、わずかではあるが、冷静さを取り戻したようだ。

 立ち上がった沙十美は、室へ一瞥いちべつをくれると、先ほどまで座っていたソファーへと歩いていく。

 彼女の強く握りしめた拳が、語らずとも悔しさを伝えてくる。


「千堂さん、あなたの冬野さんへのおもいから、私は彼女を探していきたいのです。そのためにあなたの彼女に対する感情や願い。それらを私に聞かせてほしいのです」

「……何でも話す。だから、お願い」


 ぐっと天井を見据え、震えた声で沙十美は観測者へと告げた。 


「つぐみを、……あの子を助けて」

 


◇◇◇◇◇



「ありがとうございます。今日はここまでにしておきましょう」


 観測者からの声掛けに、沙十美は「わかった」とだけ答えうつむく。

 結果はかんばしくない。

 彼の声から、それが見て取れた。


「千堂さん、疲れたでしょう。休まれた方がよろしいのでは?」


 労わる様子の観測者の声に、沙十美は立ち上がりながら答える。


「私、もう一度『朧』へつぐみを迎えに行ってみる!」

「お気持ちは理解できますが、今の状況では難しいか……」

「いいの、分かってはいる。でも、何かせずにはいられないから」

「好きにさせればいい。本人が納得できないというのなら、なおさらにな」 


 室の言葉に、寂しげな笑みを浮かべた沙十美が口を開きかける。

 だが、急に厳しい表情を浮かべると窓際へと駆け寄っていく。

 沙十美が開いたガラス窓から、小さな白い蝶が入り込むと同時に、その姿は少女へと変化していった。

 

『大きな私! 冬野がわるいやつにたいへんなんだ!』


 おりしも求めていた人物の名を聞き、沙十美が室へと視線を向けてくる。

 取り乱した様子の少女は、そのままひしと沙十美に抱き着いてきた。

 まずは落ち着かせようと、沙十美が少女の肩へと手を添える。


「小さな私。ゆっくりと息を吸うのよ。そう、上手ね。そうしたら私の手を握ってみて」


 顔を上げた少女はこくこくとうなずきながら、沙十美の手をぎゅっと握りしめていく。


「ちゃんと聞くから大丈夫よ。まずは、つぐみに何があったのか話してくれる?」


 つぐみの名を聞き、少女の目に涙があふれていく。


『冬野がわるいやつらにつれていかれている。しなこもいっしょなんだ。たすけてって言ってる。だからみんなをよばなきゃなんだ』

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