第368話 室映士は促す

 観測者かんそくしゃの話術はたいしたものだ。

 動揺した少女をなだめつつ、自分の欲しい情報を手にしていく様子にむろは感心する。


 最初は泣いてばかりだった少女も、隣にいる沙十美さとみの存在もあり、平静さを取り戻しつつある。

 そんな少女の気持ちを、再び揺さぶることのないように。

 ときおりあえて沙十美へと話題を振り、落ち着いて答えられるよう、考えをまとめさせる時間を与えていくのだ。

 少女が答えた際にも、「そうだったのですか。よく覚えていましたね」とまずはじめにほめてから聞くことで、彼女が答えやすくするなど、なかなかの配慮がうかがえる。

 

『様々な情報を持ち、問えば何でも答えてくれる』


 なるほど、こうしてそれらを手にしてきていたということか。

 組織内で語られている、彼の評判にも納得がいく。


  ――もっとも今回の件では、そうはいかなかったようだが。


「えぇと、この子の話をまとめるわ。つぐみだけではなく、人出先生も一緒にさらわれているのよね?」


 少女の頭をなでながら、沙十美が観測者へと問いかける。


「そのようですね。この事実を、白日の皆さんはすでに把握している。けれども何かしらの制約があり、動くことが出来ないでいると」


 観測者の声にうなずき、沙十美が言葉を続けていく。


「犯人の潜伏先では、発動が使えない。それによりつぐみ達は、助けを呼ぶことが出来ずにいる」

「いやはや、お相手はなかなか周到ですね。ところで室さん、先程から全く話に参加されませんが、何か気になることでも?」


 観測者の言葉に、沙十美がむっとした表情で室を見据える。


「あんた、まさか。『寝ていた』とか言わないでしょうね!」

「この状況で眠れるほど、鈍くはないつもりだが」

「だったらあんたの気づいたこと、何でもいいから言いなさいよ!」


 今後の仕事の参考のために、もう少し観測者の対応を見ておきたい気持ちはある。

 だがこれ以上、この娘の機嫌を損ねるのは得策ではない。

 睨むような視線を向ける沙十美へと、室は目を合わせていく。


「お前が冬野つぐみに夢中なのはわかる。だが、相手の目的は、彼女ではなくもう一人の方ではないのか」

「室さんもやはり、そう考えますよね。人出品子さんは白日の長の血縁者ですし」

「え? そ、そうだったの?」


 沙十美は、二人の会話に驚いた様子を見せる。


「彼女らの仲間の行動を封じ、観測者にすら捉えられないような準備を施している。これは普段の行動を知っている存在が関わっていなければ難しい。したがって、あちらの関係者の犯行ではないかと推察する」

「じゃあ、さらったのは白日の人達ってこと? そんなことって」

「力を誇示する、あるいは自身の派閥強化のために動く奴はいる。あの組織だって例外ではあるまい」


 室の言葉に、沙十美は考え込むしぐさを見せる。


「でも、あまりにも短絡すぎじゃない? 発覚すれば、自身の派閥にダメージが来ることになるもの」

「発覚しなければ問題ない、あるいは……」


 室は言葉を区切る。


「下の者が勝手に行動したのであって、自分は関与していない。指示した奴は、そう言って終わらせればいいからな」


 言葉を続けながら、室は少女へと視線を向ける。


「いずれにしても、もうじきこの話は終わるだろう。あとはこの白いチビに、場所を案内してもらえばいいのだから」

「そ、そうだったわ。小さな私! 今すぐにつぐみのいる場所へ案内してくれる?」

『うん、わかった! 冬野の声をさがすから、まっていてほしい!』


 少女は立ち上がると、目を閉じる。

 しばし見守るが、どうも様子がおかしい。

 当の少女も『あれ? なんでだ』と呟くと、沙十美へとたよりなげな表情を見せる。


『どうしよう、大きな私。冬野の声が聞こえなくなってる。ちょっと前まで、よんでくれていたのに』

  

 唇をかみしめ、少女はうつむく。


『おねがいされたんだ。「みんなにたすけてと言ってくれ」って。どうしよう、冬野とやくそくしたのに。私はうそをついたになってしまう』


 少女の足元に、ぽたぽたと涙が落ちていく。

 沙十美が立ち上がり、少女をなだめるものの、泣き止む様子はない。


「……千堂。チビを一旦、『朧』へ連れていけ。いつもお前とそこで過ごしているんだろう。落ち着くまで、お前が一緒にいてやるといい」


 室の提案に、沙十美はうなずく。


「そうさせてもらうわ。小さな私、朧で一緒に二人でお話をしましょうね」


 そっと少女を抱きしめる沙十美へと、観測者が声を掛ける。


「千堂さん、何か動きがあれば必ず連絡します。そして、……白いお嬢さん」


 涙目で鼻をすすりながら、少女はぐっと顔を上げた。


「もう一度、聞かせてくださいね。冬野つぐみさんは『と言って』とあなたに伝えたのですね」


 こくりとうなずく少女へ、優しい口調で観測者は話す。


「ありがとうございます。冬野さんを、必ず助けに行きましょうね」



◇◇◇◇◇◇



「いやぁ、女性陣がいないと静かなものですね」


 沙十美が少女を連れ、朧に行ったのを確認すると、観測者は再び口を開く。


「女性陣がと言うが、お前も結構、うるさい方に入ると思うぞ」

「えっ、そんなことないと思いますよ。そんなことより、室さん……」


 挑発するような口調で、観測者は室へと問うてくる。


「彼女達に『朧』へまで、聞かれたくないお話でもありましたか?」

「随分といやらしい言い方をしてくるものだな。それだけ余裕が出来たということか?」

「まぁ、少し前まではそうでしたね。白いお嬢さんが来た時には、冬野さんの場所を特定することが出来る。そう思っていたのですから」

「だが、彼女からの誘導は消えてしまっている」

「えぇ、これは困ったことになりましたね」

 

 そう語るものの、彼の口調には、以前になかった余裕が感じられる。


「冬野つぐみの声が聞こえない。これは、眠っているということなのか?」

「助けを求めているのに、ましてやお嬢さんに来てもらうためには起きていないといけないはず。それなのに、冬野さんが眠るというのはおかしい。おそらくは強制的に眠らされているのではないかと」

「厄介だな。ふりだしに戻ったということか?」

「いいえ、そこまでではないですね。白いお嬢さんの行動のおかげで、随分と情報も手に入りましたから」


 どうしたことか、彼は含み笑いをして続ける。

 

「うん、方針を変えます。たまには、団体行動というのも悪くない気がしますし」

「その中に俺は……」

「あぁ、入っていないですよ。ただ、千堂さんはメンバーに入っていますがね」

「……」

「大丈夫ですよ。基本的には、室さんがしたいように行動してくれればいいのですから。いやぁ、楽しくなりそうですね」 



 ――――――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 これにて第十章は完結となります。


 第十一章に進める前に少しお休みをいただこうと思います。

 再開のご連絡は、近況報告等でお伝えする予定です。

 

 よろしければ、感想やブックマーク等をいただけたらとても嬉しいです。

 へぇ、もう十章か。

 お疲れさん、という優しきポチリを、よろしければお願いいたします。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。 


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