第十一章 三条の転じ方

第369話 蛯名吉晴は面談する

 皆様お久しぶりです。

 長らくお休みをしておりましたが、新章を始めてまいります。

 お休み期間が長かったので、ひとまずはあらすじを。

(必要ないよ、という方は本文へどうぞ!)


 品子しなこ達との日々により、自分を大切にする生活を手にすることが出来たつぐみ。

 その一方で、白日職員の行方不明事件など、不穏な動きが品子や惟之これゆき達の耳に届いていました。

 明日人あすとによる『ゆい』やつぐみの冬野家の呪縛の克服など、それぞれが成長を続ける中、つぐみと品子は何者かによって誘拐されてしまいます。

 つぐみを救わんと惟之達は行動を開始するものの、敵の先手によってことごとく動きを封じられてしまいます。

 さらには罠により惟之は謹慎処分となり、つぐみ達を探すことすら叶わなくなってしまいました。

 わずかな隙をつき惟之は一条いちじょう蛯名えびな里希さときに、一方でつぐみは千堂せんどう沙十美さとみへと救援を求め、彼らに状況を伝えることに成功。

 はたしてつぐみ達は皆の元へと戻ることが出来るのか?


 それでは、改めて続きをお楽しみくださいませ!

(こちらの前書きは、一定期間の掲載後に削除いたします)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 面倒だ。

 だが、これが『自分』の与えられた仕事である。


 一条内の応接室へと、蛯名えびな吉晴きはるは足を進めていく。

 三条相手の面談は、今までに何度も行ってきた。

 いつものようにこなし、早々に終わらせていけばいい。


「早急に確認したい案件がある。断るのであれば、権限を委譲したものとみなす」


 三条からこの連絡が来た時には、随分と強硬な態度だと呆れたものだ。

 現在、一条が四条の権限を、三条が二条の権限を握っている。

 自分一条がこの面談を拒否すれば、三条のみの意向で事が進んでしまう。

 そのやり方を促してきたのは自分達とはいえ、いざそれを逆手に取られると不快なものだ。

 

 話というのも、『娘である人出ひとで品子しなこの捜索を認めてくれないか』。

 どうせ、その嘆願も含まれているに違いない。


 いっそ、彼女が持っている権限と引き換えに、許可を出すと言ってやるのはどうだろう。

 気弱なあの女のことだ。

 みっともなく動揺し、震えてうつむくしかできないのだろうが。


 応接室の前に着いた吉晴は、手のひらを扉へとかざす。

 部屋の中の気配は一つ。

 案内を任せた事務方の女性からは聞いていたが、本当に一人で訪ねてくるとは。


「護衛や秘書もつけずに、のんきに訪ねて来たものだな。……人出ひとで


 組織内の人間が、自分に発動などするはずがない。

 そう勘違いしている愚かな来客へと、吉晴は発動を開始していく。


 兄の木津きづ清春きよはるから三条の権限を委譲され、いまだその座に居続ける女。 

 たいした実力を持たぬ愚かな彼女は、こちらの発動に全く気づく様子もない。 


 応接室に、自分の気が満ちたのを確認し、扉を開いていく。

 入室に気づき立ち上がる相手へ、声に発動を乗せながら吉晴は暗示をかける。


『案内は十鳥とどりが行ったようだが、君に対し失礼はなかったか?』


 彼女は思案するように首をかしげていたが、にこりと笑って答えてくる。


「えぇ。いつものように、丁寧な応対をしてくださいました」


 返事を聞く吉晴の口元に、薄笑いが浮かぶ。

 あっさりと彼女は、本当に案内してきたを忘れ、と『思い込んで』いるのだ。

 自分の『だまし』の発動は、きちんと彼女に効いている。

 それを確認した吉晴は、ゆっくりとソファーへ腰を下ろしていく。


「人出、時間は取ると言ったが、私は長話をするつもりはない。簡潔に話せ」


 強腰な姿勢に怯えたかのように、声を震わせ彼女は語りだす。


「はっ、はい! 今日は、お願いがあってまいりました。でも、その前に……」


 扉へと視線を向けていく相手に、吉晴は胸騒ぎを覚える。


「その十鳥さんと、お話をしたいのです。彼をもう一度、呼んでいただけませんか?」 



◇◇◇◇◇◇



 厄介なことになった。

 普段であればどうとでも対応できるが、よりによって今、『十鳥』は本部内にというのに。


「人出よ、なぜその必要がある?」


 なんとか冷静さを取り戻し、意図を探らんと問う自分に、彼女は不思議そうに目をまたたかせている。


「あら、確かにおかしいですね。先ほど十鳥さんに会ったばかりのに、どうして私はこんなことを言っているのかしら?」


 まずい。

 矛盾に気づかれれば、『十鳥に案内をさせた』という偽の記憶の暗示を破られる可能性がある。

 彼女の注意を逸らそうと、吉晴は口を開いた。


「用件があるのは、私にではなかったのか?」

「その通りですが、十鳥さんにも聞いておきたいことがありまして。……呼び戻すと、何か困ることでも?」


 のろのろとした、要領を得ない話し方。

 これはいつもと変わらないのだ。


 ――なのにどうして、こんなに。


「どうしたというのです? ……ねぇ、吉晴様?」


 目の前の人物に、自分は『恐れ』を抱いているというのだ。


 冗談じゃない。

 こんな女に、自分がおののくなどあってはならないこと。

 その彼女は、どうしたことか自分を見つめ、かすかに笑みを浮かべている。


「……話をする気が失せた。今日の所は帰ってもらおう」


 彼女の態度が、自分を見下しているようにみえて仕方がない。

 吐き捨てるように言って立ち上がれば、相手はみるみる顔を青ざめさせていく。


「そんな、怒らせてしまったのでしたら謝ります。もっ、申し訳ありません」


 すぐさま立ち上がり頭を下げてくる様子に、わずかに怒りが収まる。

 その隙を見計らったように、人出は顔を上げると、「実は」とおずおずと切り出してきた。


「私は今の立場に疲れました。もともと兄とは違って、人の上に立つ人間ではなかったのです」

「……ふむ、それはつまり」

「はい、三条の権利を委譲して、いとまをいただこうかと。私は娘を、……品子を探しに行きたいのです」 

「そうか。君が、結論を出したというのであれば仕方あるまい」


 なんだ、これで白日の全権を手に入れたも同然ではないか。

 ほくそ笑む吉晴へと、人出は言葉を続ける。


「長い間、お世話になりました。ここに来たのは最後にただの幼馴染として、吉晴さんと思い出話をしたかったからなの。少しだけいいかしら」


 急にくだけた口調で話しかけてくる、その行動に苛立ちを覚える。

 だが、相手の機嫌を損ね、権利委譲をひるがえされても面倒だ。


「いいだろう。だが、何を語ればいいんだ?」


 吉晴の言葉に、ふたたびソファーへと腰を下ろした人出は言う。


「では昔のように『きーくん』と呼びますね。あぁ、この呼び方も懐かしいわ。昔は清春兄さんときーくんの三人で、よく三条の管理室でどら焼きを食べながら話をしていましたよね。そうそう!」


 ぱちりと手を叩くと、嬉しそうに彼女は自分を見上げてくる。


「せめて最後に、私のことをあの頃のように『きーちゃん』って呼んでくれないかしら」

「はぁ? 何を言って……」


 戸惑い気味の表情で見れば、人出はくすくすと笑っている。


「私とあなたのあだ名が『きー』ではじまるから、紛らわしい。そうやって兄さんに良くからかわれましたよね。懐かしい気持ちで、綺麗な思い出で終わらせたい。……これくらいのわがままは、許してもらえますよね」


 どうしてこうも、うっとうしいのだ。

 黙りこくった自分に、人出は言葉を続ける。


「これを聞いたら帰ります。だから昔みたいに、……お願い」


 仕方あるまい。

 これで三条の権利が手に入るというのであれば。


「きっ、……きーちゃん」 


 羞恥心をかき消さんと、こぶしに力を入れ、望み通りに呼んでみせる。

 呼び名を聞いた人出は、目を見開くと、次第に顔を伏せていく。

 唇をかみしめ、肩を揺らす彼女の姿に吉晴は気づくのだ。

 この女は、あろうことか笑いをこらえているのだと。


「もういいだろう! さっさと退出してくれ」


 不機嫌さを隠さず伝えれば、ようやく彼女は顔を上げた。

 泣き笑いのような表情で、人出は尋ねてくる。


「……最後に、十鳥さんにご挨拶は出来ないでしょうか?」

「くどい。いつまでも調子に……」


 吉晴は、言葉を途切れさせてしまう。


 豹変ひょうへん

 そうとしか呼べないものが、自分の目の前で起こっていたからだ。

 笑みを消し、こちらの心を覗かんばかりに強い視線を彼女は向けてきている。

 

「あらあら、それは困りましたね。と言いたいところですが、まぁいいでしょう。だって……」


 表情を一転し、気味悪い笑みを浮かべ、人出は立ち上がる。


「どちらでも一緒ですものね。人の体を操るのは楽しいのかしら? ねぇ、……十鳥さん?」

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