第83話 人出品子は念う

 ゆっくりと自分の方へと倒れこんでくるつぐみを品子はそっと支える。


 ――しばらくこのままでいよう。


 何となしにそう思い、彼女をソファーへと再びそっと座らせる。

 そうして自分も隣に座ると、彼女の頭を自らの肩にそっと乗せた。


 隣から、静かな寝息が聞こえる。

 今、聞こえてくる音はこれだけ。

 静かな海の波打ち際にいるような、優しいリズム。

 それは寄せては返し、さらりと品子の心を撫でていく。

 これはたくさんのことを教えてくれた、この子の優しい命のリズム。


 それにもかかわらず。

 それを聞きながら、品子の口からこぼれてしまう言葉は。


「なんかさぁ、……疲れちゃったな」


 自身の弱さに。

 こぼれ落ちていく弱音を品子は止められない。

 隣で眠る女の子の髪にそっと触れ、優しく撫でる。


「ごめんね。君は一人でこんなに頑張ったというのに」


 でも今だけは。

 誰も聞いていない今だけはと品子は願う。

 誰に言うでもなく、再び呟く。


「疲れたよ」


 膝を抱え腕に頭を乗せ、品子はうつむく。


 だって、今は動きたくないんだ。

 静かに、穏やかな顔で眠るこの子の傍にもう少しだけ……。

 あと少しだけ。

 そうしたらきちんと動き出すから。

 ちゃんと頑張るから。

 なぜなら自分には……。


 ――そう、自分には、まだやることがある。


 ぐっと顔を上げ、品子は記憶をよみがえらせる。

 室が語った言葉。


『しかしあの時と今では状況が全く違う。前回は見逃すことに我らにもメリットがあったが、今回のお前の命でと言うのは釣り合わない』


 十年前の事件は、自分の知らない何かが隠されている。

 それを知ってしまった今、品子の心に抱く決意は。

 

「誰にも知られないように調べる必要がある。上の奴らにも、……ヒイラギ達にも」


 これは自分一人だけで、行う事。

 そのおもいを、誓いを。

 静かに深く品子は胸の奥へとしまい込んでいく。


「私は。……私は必ず、真相を明らかにしてみせる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る