第354話 汐田クラムは渇望する
ふざけるなふざけるな!
誰も来ないように、近寄らせないようにと、自分なりに配慮はしてやった。
深夜近くの時間ということに加え、この暴風に飛び込んでくる愚か者などそうそういまい。
自分が知る限り、そんな存在は
九月に入ったとはいえ、まだ暑さの続く
施設の廃業により放置されたビルの屋上で、クラムは渦巻く風の中心で空を見上げていく。
途切れることなく生まれるのは、怒りとそして。
――ある女性への渇望だ。
「いるんだろ、早く出て来い。観測者ぁ!」
声に反応するように、巻き起こる風の一部がゆらりと歪んだ。
視界にそれを捉えたクラムは、発動を解除していく。
次第に風の音が止み、変わりに聞こえてきたのは、余裕を含んだ男の声。
「おやおや、汐田君。こんな夜遅くに、一人で出歩くなんて危険ではないですか。それにまぁ、こんなに遠慮なく力を出していたら、倒れてもおかしくないですよ?」
「いいんだよ。手っ取り早く、あんたを呼ぶためだけにやっていたんだから」
「あはは。確かに私、来てしまいましたね。さしずめ罠にかかった……」
「そんな話はどうでもいい。観測者、お前に依頼したいことがある」
強い口調で遮るクラムの声にも、観測者は怯む様子もない。
「おや、珍しいですね。汐田君からお願いされるなんて」
「人探しだ。金なら好きなだけ要求しろ。今すぐ居場所を見つけてほしい」
「それはまた、急な話ですね。……ところで、汐田君」
くすくすと笑い声が響く。
「こんなところでの交渉。よほど誰にも聞かれたくないというところですか。あぁ、それとも」
からかいを含んだ声で、観測者は続ける。
「断られたら怒って大暴れしちゃうから、なーんてこともあるからですかね」
クラムの拳が握られ、足元のアスファルトに小さな亀裂が生じていく。
「出来ないなら『出来ません』って素直に言えよ。お互いに、無駄な時間を使いたくないだろう?」
「まぁ、確かにその通りです。さてと、対象は冬野つぐみさんで合っていますかね」
「……分かっているなら聞くなよ。で、どれくらいで探せる?」
そうだろうとは思っていたが、彼女の名前をすでに把握されているのは、やはり気に入らない。
「いやだなぁ、違う人だといけないから確認したんですよ。そうですね、すぐにでも見つ……」
観測者の言葉が途切れる。
「すみませんが、汐田君。この依頼は受け付けられません」
今までに聞いたことの無い冷たい声で、観測者は告げてくる。
いつもの自分であれば、すぐさま怒りを爆発させているところだ。
しかしながら、怒りよりも先にクラムに生まれた感情は恐怖。
体が、まったく動かせない。
秀でた能力を持つ、上級発動者である自分がだ。
かつてクラムは
今、姿すらみせぬ彼からの圧は、あの時の室の発動をはるかに超えるもの。
体の自由を取り戻そうと、必死に抗いながらクラムは観測者へと問いかける。
「おっ、……おかしい、だろっ! たかが一般人を、なぜ見つけることが出来ない」
怒りの感情で震えを打ち消し、クラムはようやく口を開く。
「落ち着いてください。いや、お互いに落ち着きましょう、が正解ですかね」
いつも通りの声に戻った観測者からの言葉に、クラムは
「ん? それってつまり、お前が動揺したということか?」
「そうですよ。だって私、彼女の姿が見えないんです。まったく捉えられないのですから」
「なんだと! じゃあ彼女は」
「ですが、亡くなったというわけではなさそうですね。そこはご心配なさらず」
あの観測者ですら見つけられない。
ならば彼女は今、どこにいるというのだ。
「ここまできれいに消されてしまうのは気持ちが悪い、というか気に入らないですね。実に、……不愉快です。ねぇ、そう思いませんか汐田君?」
依頼は、受けてもらえない。
ならばもう、自分はここにいる必要などないのだ。
「なんだよ、こちらの要望が通らなかったんだ。僕は、もう関係ないぞ」
「そんなつれないことを言わないで下さいよ。確かに依頼は受けません。というのもですね」
短い沈黙の後に、観測者は予想外の言葉を口にしてきた。
「汐田君に、私から依頼いたしましょう。私は冬野さんを見つけ出したい。そのために、あなたが持っている情報が欲しい。あなただって、こんなふざけたことをしでかした奴に、言いたいこともあるでしょう」
当然だ。
つぐみに施した『
体の麻痺、その後に突き飛ばされ、あの子は意識を失っていた。
どれだけ痛かっただろう。
どれほど怖かったことか。
そんな思いをあの子にさせるなど、決して許されることではない。
「言いたいことは別にない。ただ絶対にそいつを見つけ出して、後悔してもらう」
「おや、こわいこわい。では少しお話をいたしましょうか。汐田君の知る情報を下さい。私は必ず、あなたに彼女の居場所を教えることを約束しましょう」
観測者の言葉に疑問を抱き、クラムは問う。
「今ですら見つけられていないのに、『必ず』なんて言っていいのか?」
「えぇ、問題ありません。私が分けていただきたいのは、その人を望む『
余裕を含んだ声が、クラムの耳に届く。
「私はそこから
――――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
これにて第九章は完結となります。
章終わり恒例の番外編を『冬野つぐみの『IF』なオモイカタ』にて投稿いたしております。
タイトルは『冬野つぐみは泣き笑う』。
ある人物への思いを込めたお話になっております。
https://kakuyomu.jp/works/16817330648893972515/episodes/16817330664333056350
引き続き第十章に移らせていただきます。
章タイトルは、『冬野つぐみのモドリカタ』。
さらわれたつぐみと品子へと話は戻ってまいります。
さて、この作者が大人しくつぐみをヒイラギ達の元へ『戻す』のかどうか。
そちらも合わせて、お楽しみいただけたらと思います。
よろしければ、感想やブックマーク等をいただけたらとても嬉しいです。
九章まで来たか!
お疲れ~という優しきポチリを、よろしければお願いいたします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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