第180話 冬野つぐみは変化を望む
未来を変えたい。
その為には、どうしたらいいのだろう。
先程からこの疑問がぐるぐると、つぐみの頭の中で駆け巡っている。
それなのに、肝心の答えは全く出てこない。
「あなたの大切な人が二人程『いなく』なります。その理由は『少し動きすぎたから』です」
つぐみはまず言葉から考えてみることにする。
『二人程』という言葉。
複数人であること、「程」ということからまだ増える可能性もあるのではないだろうか。
『いなくなる』という言葉。
それは自分から離れること、あるいは存在が無くなるということだ。
……考えたくないが、それは死を示しているのだろう。
最後に、『少し動きすぎたから』という言葉。
何かしらの行動が、相手に気づかれたからだろうか。
何か目立つ行動をしてしまい、それでいなくなるということではないか。
「……い、おい! 冬野!」
呼ばれた声でつぐみは我に返る。
隣でヒイラギが、心配そうな顔をして自分を見つめていた。
「体調が良くないのか? 品子に迎えに来てもらうか?」
「ううん、大丈夫。明日の料理のことを考えてたの。ぼーっとしちゃって、ごめんね」
「あぁ、そっか。明日だったな。お前の引越し祝いの夕食会」
もう一つの目的である夕食会は、明日を予定している。
全員から出席の返事も貰っており、あとは買い出しをするだけの状態だ。
「うん。だからヒイラギ君も、楽しみにしていてね!」
「あぁ、わかってる。人数もそこそこいるからな。さすがに一人だと大変だから、当日は俺もサポートする。量もあるだろうし、明日の買い出しも付き合うぞ」
「ありがとね、助かっちゃう。頑張るから、美味しいのいっぱい食べてね!」
つぐみの言葉に、ヒイラギにようやく笑顔が浮かぶ。
彼の自分に対する言葉や心遣いに、じわりと胸の奥から温かいものが広がり行くのを感じる。
そっと胸に手を当て、並んで歩き出す。
未来のことを考えるのは、一人になってからだ。
またこんな調子でいたら、彼に心配をかけてしまう。
「そうだ。体調は悪くないんだよな? それなら明日の材料を、今のうちにある程度は買っておくか? その方が明日もゆっくり動けるだろうし」
「いいの? 助かるなぁ。じゃあこのまま、スーパーに寄らせてくれる?」
ヒイラギの厚意もあり、そのままスーパーへと向かう。
「なぁ。明日は何を作るんだ? 必要なものを確認した方が、手早く済ませられるから聞かせてくれ」
「本当に助かるなぁ。今回はホットプレートをメインで、料理を作っていこうと思ってるんだ」
ヒイラギは顎に手を当て数秒、考え込む。
「ふーん、となると粉ものか? 家にあるのは薄力粉だけど、それで大丈夫か? 強力粉の方がいいなら買わなきゃなぁ」
「今回は、薄力粉で作るものだから大丈夫。でも人数が多いから、追加で買っておきたいね。うん、そうしよう」
「サラダは今回どうするんだ? あとドレッシングは自作か? 調味料は買い足すものあるっけ?」
「今回はねぇ、ドレッシングは自作でいくよ。あ! ドレッシング用に、にんにくのチューブとゴマを買い足したいなぁ」
「ふーん、何を作るかわかったぞ。この間、作ってたやつだろう? なら、ごま油もいるな。どうせ普段から使うし、こいつも買い足しておこう」
カートを押しながらヒイラギは、次々と品物をカゴに入れていく。
さすが、料理男子。
全て言わずとも、先に気付いて品物を持ってきてくれるその姿。
今まで木津家の台所を、担ってきただけあると彼を頼もしげに見上げる。
おかげで明日の買い出しは、随分と楽になった。
前を歩くヒイラギを眺めながら、思わず笑みが漏れる。
――考え方を変えよう。
こんな動揺した状態で考えても、正しい判断は出来ない。
観測者の言葉を聞く限り、
今日、明日に何かが起こるということはない。
まずは明日だ。
明日、皆と接することで何かしらのヒントが得られるかもしれない。
今は無事に明日の夕食会が終わらせることに集中しよう。
皆が楽しんで過ごせることを、まずは考えていくべきだ。
気持ちを切り替えると、つぐみはヒイラギの後を追いかけていくのだった。
◇◇◇◇◇
「ただいまー! あ、先生もう帰ってきてるみたい。この靴は、靭さんのかな?」
玄関には見覚えのある品子の靴と、ダークブラウンのローファーが並んでいる。
「あ、本当だ。惟之さんも来てるんだ。何かあったのかな?」
つぐみはヒイラギと話しながらリビングに入る。
リビングでは、品子と惟之が打ち合わせをしていた。
いくつもの書類が、机に広げられているのが見える。
「お帰り。冬野君、いいものが買えたかい?」
品子が二人を見ながら、笑顔でたずねてくる。
「はい! こちらで過ごす準備が、着々と進んでいると感じますね」
つぐみの言葉に、惟之が返事をする。
「そうか。もし今後、何か男手が必要があれば呼んでくれ。俺に出来ることがあったら、手伝わせてくれよ」
「ありがとうございます! お気持ちすごく嬉しいです」
二人との何気ない会話。
この短い時間でも、自分に対する気遣いを感じ、ふわりとまた心が温まっていく。
「ねぇねぇ、冬野君っ! いよいよ明日が、お楽しみの夕食会だね!」
品子が嬉しさを隠し切れないといった様子で話す姿は、まるで子供のようだ。
「はい! 今もヒイラギ君に、買い出しを手伝ってもらっていたところなんです。頑張りますよ、私!」
ガッツポーズをしてにっこりと笑い、冷蔵庫に買ってきた食材を入れ終えると自室へと戻る。
心を落ち着ける為に、深呼吸をしてから目を閉じる。
そうしてつぐみは、心の中でさとみを呼ぶ。
再び目を開け、窓をそっと開けると小さな白い蝶が部屋に入って来る。
するりと蝶は、少女の姿へと変わっていく。
『冬野。今日は、とてもいいおかしをありがとう。さぁ、歯みがきをしに行こうか』
そう言って手を握るさとみの頭を撫でると、つぐみは口を開く。
「そうだね。でもその前に、さとみちゃんにお願いがあるの。どうか、……どうか私に力を貸してほしい」
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