第179話 観測者は伝える
つぐみは考える。
自分の、白日の人達の未来が変わるとまでいう話は聞いておきたい。
だが観測者が、本当のことを言ってくるという保証はないのだ。
その中で一つの結論を出すと、つぐみは口を開く。
「……わかりました。私のお話をします。ですがこれには条件があります」
「条件? 場合によってはお断りするかもしれませんが」
相手からは警戒した声色での返事が来る。
「今から話すことは、落月に知られないようにお願いしたいのです。観測者さんのみが知りえる話として口外しないでいただきたいです。逆に言えば、それだけ大きく観測者さんの心を大いに満足させられるお話でもあります。……さぁ、どうなさいますか?」
言葉尻に自分が言われた言葉をそのまま返し、こちらが選択権を持っているのだという意味合いを相手には伝えておく。
再び訪れる沈黙。
つぐみは答えを待つ。
正直に言えば不利なのはこちらの方だ。
相手の話が正しいかもわからない。
さらには観測者がこちらの話すことを、口外しない保証がない。
だが今までの会話や沙十美からの話を聞く限り、まだ有利な部分もあるのだ。
観測者の性格的に、ここを出た後も彼は口外しないとつぐみは推測している。
なぜならば、自分に対して相手は強い興味を抱いているからだ。
そして今から話すであろう内容も、観測者の好奇心をかなり刺激するものである。
組織に対する忠誠心よりも、心の刺激を求めているこの人物が。
今後も様々なことを引き起こしていくであろうつぐみという存在を、簡単に手放すようなことをするとは考えにくい。
……返事は、まだない。
相手は
ならば、こちらから畳みかけるまで。
ゆっくり考えさせる時間を、相手に与える必要などない。
「観測者さん? ひょっとしてそろそろお時間ではないのですか? 未来の話が聞けなかったのは残念ですが、お時間を頂きありがとうございました。では私は、そろそろ失礼しますね」
「……」
返事はない。
相手の動揺を誘うべく、次の行動へと移る。
退席の意思を伝え、つぐみは立ち上がろうとする。
「観測しゃさ……」
「時間は、……まだ、あります。冬野さん。条件を飲みましょう。今から聞く話は、組織には言いません。お話、聞かせてもらえますか?」
「よろしいのですね? ……わかりました。今から話す内容は、白日の中でも一部の方しか知りません。そして」
つぐみは部屋の窓に近づくとゆっくりと開き、心の中で強く強く呼びかける。
このビルの二階に着いた時に一度、つぐみは強く念い、『呼んで』いる。
その念いに、呼んだ声に、彼女は答えてくれた。
窓から入ってくる、一匹の白い蝶。
蝶はそのまま部屋に入ると、白いワンピースを着た少女の姿に変わる。
「なっ! これは一体? ええと、確かに驚きました。千堂さんと同じ? ……いや違うのか?」
観測者の、戸惑いを隠せない声が響く。
『冬野。そこのふわふわにさわってもいいか?』
さとみは、高級ソファーの触り心地が気になるようだ。
こちらを見て、口をむずむずとさせている。
「うわ、これは思念ですか? わぁ、何これ! お嬢さん! そこのふわふわにさわったり、座ってもいいですよ!」
『おぉ、どこから声がする? だれもいないぞ! でもふわふわはさわるぞ』
さとみはそう言ってソファーに座り、体が沈みゆく感覚を何度も楽しんでいる。
「冬野さん、素晴らしいですよ。確かにこれは予想外の面白い話、というより出来事でしたね。あぁ、とてもいいです。彼女のことを教えてもらってもいいですか? もちろん落月には決して口外しませんから!」
観測者の興奮した声につぐみは答える。
「この子は、うーん。室さんと一緒にいる沙十美と姉妹みたいなものでしょうか? 正直、私もまだ会って間もないので、そこまで理解しているとは言い
「あぁ、確かにお顔が似ていますね。あれ、この子は? ……発動者ではないのですか?」
「え? 発動でなければどうしてこんなことが出来るのですか? 思念とかも、これって発動ではないのですか?」
「いや、何と言いますか。あなたと同じですね。この子は発動者の気配ではなく、不思議な雰囲気を持っていますね。どういうことなんだろう?」
さとみが発動者ではない。
その事実につぐみは驚く。
「えっと、お嬢さん。あなたの傍にある棚に、お菓子が載っているんだけど食べたいですか?」
『おかし? 食べていいのか?』
「はい、チョコレートとかいろいろあるので好きなものを食べていいですよ」
『いろいろすきなもの! やったぁ!』
さとみは、棚の上にあるお菓子が入っているバスケットを持ち上げる。
そのまま嬉しそうにテーブルへと持って来て、きらきらとした目で眺めはじめた。
興味が湧き、つぐみも思わず一緒にのぞき込む。
そこには一つ一つが丁寧に包装された、高価そうなチョコレートやクッキーが綺麗に並べられている。
洋菓子だけでなくあられやかりんとうまで準備されているようだ。
さとみは何を食べようか、かなり悩んでいるようだ。
お菓子の上を彼女の手がうろうろとさまよっているのを見ていると、観測者から声が掛かる。
「すみません。興奮していたら、もういい時間になっていました。でも三十分は経っていないので大丈夫ですよ。喫茶店の彼も一度も店を出ることなく、のんびりと過ごしていましたから」
「そうですか、よかった。このまま疑われずに済みそうですね」
安心して立ち上がったつぐみに観測者からの声が響く。
「さて、私からのお話ですね。はっきりとお伝え出来ないことをお許しくださいね。……あなたがこのまま何もしなければ。そうですね、三ヶ月後位でしょうか。それまでにあなたの大切な人が二人程『いなく』なります。その理由は『少し動きすぎたから』です」
……何を。
何をこの人は言っているのだろう?
思わずつぐみは叫ぶ。
「な? どういうことですか! だったら私は一体どうしたら? このままでは誰かがっ!」
つぐみは、部屋に入ってすぐに観測者とした会話を思い返す。
「観測者さん、私はあなたとの約束でこの話を白日の人に伝えることが出来ません! 一体どうしたら……!」
「考えるのはあなたでしょう? それを履行するのはあなたであって、私ではありません」
言われるまでもなく、その通りだ。
つぐみは唇をかみしめる。
「さぁ、時間ですね。そろそろ彼の所へ戻って下さい。喫茶店で、彼がそわそわしはじめていますよ。靴は扉の前に戻しておきましたから」
「そんな! お願いです。せめてもう少し、詳しくそのお話を!」
「はっきりお伝え出来ないと私は言ったはずですよ。あなた方の中のことは、そちらの中で収めてください。私には関係ありませんから」
先程の口調から一転して、冷めきった声につぐみはうつむく。
「あぁ、そうそう。そちらのお嬢さんが、お菓子を食べ終えたらここを片付けます。お見送りもしておきますので、彼女のことはどうかご心配なく。あなたはどうぞお戻り下さい。それと彼への念押しとして、靴の横にお土産を置いておきました。それを持っていってください。それでは」
その言葉を最後に、声はぷつりと途絶える。
しばらく待ってみたが、やはり声は聞こえてこない。
早く戻らないと、ヒイラギに疑われてしまう。
動揺を抑えることも出来ず、ふらふらと部屋の出口へと向かい扉を開ける。
確かに扉の前には自分の靴。
そしてその隣に、二階の店のロゴが入った紙の手提げ袋が置いてある。
これはヒイラギへのアリバイ対策だろう。
未来を知った自分は、どうしたらこの未来を変えられるのだろう。
その問いに答えが出ないまま、手提げ袋を握り締めつぐみは喫茶店へと向かうのだった。
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