第228話 冬野つぐみは探りを入れる

「なんでだよ! ちゃんとさっき謝っただろ! 何がいけないんだよ!」

「そうですよ! 僕達はただ、お麩が食べたかった。それだけの話ではないですか!」


 品子と明日人の叫びが虚しく響くのを、つぐみはお茶を飲みながら見届ける。


「いや。この状況で誰が、お前らを解放しようなんて思うんだよ」

「品子、井出さん。俺は二人が上級発動者として、尊敬できる人であってほしいと願う。そう思うのはわがままなのか?」


 惟之とヒイラギが、呆れ顔でそんな二人を諭している。

 さすがに、あのオブジェ状態は可哀想だ。

 そういったわけで、二人は改めて個別に縛り直されていた。

 二人とも両手を前にした状態でそれぞれ上半身をぐるりと縛られ、仲良く横に並んで正座をさせられている。


 さとみがこの家に初めて来た日のことをつぐみは思い返す。

 その際にも品子は縛られた経験があるというのに。

 あの時の会話や教訓を、もうこの二人は忘れたのかと聞きたくなる。

 だが縛られ組はまるで吠えるように惟之達へと抗議をしていく。

 

「しかもシヤとさとみちゃん。実は散歩にいくと見せかけて、お麩ちゃんを買ってきてくれたらしいではないか! これでもはや全ての問題は解決済みだ! したがって我々はこの不条理な拘束を解くことを要求する!」

「そうですよ。吸い物も完成した今、あとはお寿司というメインを待つのみ! ここは皆で気持ちよく過ごすために! 今のこのあり得ない拘束を解くのが、あなた方に出来ることなのですよ!」


 そうなのだ。

 シヤは散歩に行きがてら、スーパーに向かいお麩を買ってくれていた。

 シヤは実に有能だ、それに比べて……。


「ねぇ、惟之さん。確か上級発動者は、組織での実績と、相応しい人格を兼ね備えた人間。それを持ち合わせた優秀な者のみがなれるものだって俺、聞いていたんだけど」

「あぁ。俺もそう聞いていたし、……少し前まではそう思っていたよ」


 落胆したと言わんばかりの声が、二人から漏れる。


「しかも井出さんは惟之さんと一緒で、上層部の血縁者でもない生え抜きの存在での上級発動者っていうところを俺は尊敬していたのに……」


 明らかにがっかりした様子のヒイラギの言葉に、白日でも血縁者が強いということがあるのだとつぐみは知る。

 

「あの、やはり上層部の血縁者は能力が強いものなのですか?」


 話を聞いていて興味が湧き、ついつぐみは会話に交じってしまう。


「あぁ、そうなんだよ。惟之さんも井出さんも本当にすごいんだぜ! 長の血縁者は、……冬野が知る限りは品子だけか。やっぱり能力が生まれつき高いみたいなんだ。そういう意味では、俺達も、……血縁者にはなる訳だけど」


 ヒイラギが口ごもる。

 自身の能力のことを考えていることはつぐみにもわかった。

 自分から見れば彼の能力は、命を救う力のあるとても凄いものである。

 だが周りからそれを認めてもらえなかった彼には、そう思えないようだ。


 いたたまれない気持ちになり、つぐみは思わずヒイラギから目を逸らしていく。

 視線の先では、彼の言葉に反省したのだろう。

 自分と同じように、沈んだ表情を浮かべている明日人の姿が目に映る。

 その様子を察したであろう品子が、「はいはいはーい!」と大きな声を出し、そのまま元気に話を続けていく。


「そうそう、私ってば凄いんだからぁ! まぁ、ヒイラギの言う通りだね。惟之も明日人も、そういった血族の加護がある訳でもないのに上級発動者になっている。これってば凄いんだよ。えらいねー、明日人は!」

 

 隣にいる明日人に品子は頬ずりをしようとする。

 ……縛られたままで。

 当然ながら上手くいくはずもなく、二人はもつれあうように横に倒れていく。


「ちょ、品子さん! ひどいですよ! 僕達、ろくに身動き取れないんですよ! って、くすぐったい! あははははっ」


 明日人の上に乗りかかるようにして品子が、何だか楽しそうに体をモゾモゾと動かしている。

 

「……反省してねぇ、まったくこいつら反省してねぇ!」

 

 二人の姿にあきれ果てた様子で、ヒイラギが呟いた。

 それをみた品子が、心外だといわんばかりに頬を膨らませていく。


「何だよ! 頑張ったじゃん、私! 新しい力、手に入れたじゃん!」

「そうですよっ! 僕だって今日、しっかり働いてきましたよ。品子さんの治療もきち……!」


 言葉を途切れさせる明日人へとつぐみは目を向ければ、彼は体を起こしながらしまったという顔をしている。


「先生。今日、怪我をしたのですか? しかも、私にばれるとまずいような?」


 つぐみはそう言いながら四人の元へ向かう。

 その発言に四人の表情が変わっていく。

 ただ戸惑うだけのヒイラギと、残りの三人の動きが違うのをつぐみは見逃さない。


 惟之と明日人は品子の顔を見ていた。

 つまりこの三人は、共通して何かを知っている。

 だがこの様子では素直に話すとは思えない。


「……とにかく。今は、どこも痛くないのですね?」


 ならば、自分から先制を。

 そう考えたつぐみは品子へと問いかけていく。


「うん! 明日人が、すぐに治してくれたからね! うっかりしてたよ!」


 視線をやや左下に向けてから、品子は曖昧な笑みをつぐみへと向ける。

 

「そんなに無茶なお仕事をしたのですか? 他の方も怪我を?」

「ううん、私だけだよ。いやぁ、ちょっとばかりぼーっとしちゃっててさ」


 不意打ちで、怪我を負ったということか。

 つぐみは言葉を重ねていく。


「すぐにと言うことは、井出さんもそばにいたのですね。井出さんのお怪我はなかったのですか?」

「え? あぁ、うん! 僕は、離れていたから大丈夫だったよ」


 いつもの笑顔を取り戻し、明日人は答えてくる。


「そうでしたか。ヒイラギ君、二人を解いてあげてくれるかな。いろいろ大変だったみたいだし」

「え、いいのか? 冬野」

「うん、お願い」


 つぐみの提案に少し戸惑いながらも、ヒイラギは二人の拘束を解いた。

 互いに両手や体をこすりながら、品子と明日人はつぐみの方を向くと礼を言う。


「ありがとう、冬野君。助かったよー」

「ほんとほんと! つぐみさん、ありがとうね!」

「いいのですよ、……でも井出さん。先生の左の傷、まだ治っていませんよ」


 つぐみの声に、品子の手が左の頬に触れた。

 同様に明日人の視線が、品子の頬へ向けられるのをつぐみは目にする。

 つまりは左の頬に、怪我をしていたということ。


「な! 冬野君、何で私の怪我の場所が分かったの?」

「分かったと言いますか、まずは先生と井出さんの目線ですね。それで左側のどこかに、怪我したのだなぁと推測したんです。だから」


 品子の前に立つと、つぐみは話を続ける。


「拘束が解けて、安心感で気が緩んでいるこのタイミングで鎌をかけました。今の言葉を聞いてとっさに触れた場所が、その怪我をした場所なのだろうと」


 品子は、つぐみの顔を見たまま何も言わない。

 隣にいた明日人が、申し訳なさそうに口を開く。


「あのね、つぐみさん。治療は僕がやろうと言ったんだ。そしてこれは、君に隠そうとし……」

「いや、これは私の依頼で治療したのさ。君に心配をかけたくない。そして……」


 品子は少し悲し気に、だが口元には笑みが浮かんでいる。


「弱くみっともない姿を、君に知られたくなかったから。やはり私は、まだまだ未熟だ。それにより、君にも心配を掛けることになってしまったわけだし……」


 途切れた声につぐみは品子の顔を思わず見上げ、その姿に違和感を覚える。

 先程までの品子の雰囲気が違うように感じられるからだ。


「弱さを認めるもの一つの強さ。少し前にそれに気づいたのに出来ていなかったなぁ。……ねぇ、冬野くん」


 すっと品子の手が伸びてくると、つぐみの頭を優しく撫でる。

 それは優しい、とても優しい手。

 今までに何度もこうして自分を慰め、認め、大切にしてくれた愛おしい手だ。

 つぐみはゆっくりと目を閉じ、その心地よさに浸る。

 幸せな時間は静かに終わり、ふわりと手は離れていく。

 名残惜しさに思わずつぐみは目を開き、見上げた先の品子の顔は笑っている。

 けれども同時に彼女から感じるのは戸惑い。

 

「冬野君。私は君に話しておきたい事があるんだ。どうか聞いてもらえるだろうか?」


 その言葉と共に、品子は悲しげに。

 だがとても綺麗に笑った。

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