第101話 番外編 クリスマスにサンタ達は絡む

「ここは? ここは一体どこなんだ?」


 ヒイラギは、そう呟きながら周りを見渡す。

 一面の白い世界。

 何もないただ「白」のみが存在する世界にヒイラギはいた。


 自分の体や服は色がついているのが認識できる。

 つまりは自分の視覚が、おかしくなっているわけではない。

 手を一度、大きく叩いてみる。

 パンという音が耳に届いた。


「うん、聴覚も問題ない」


 しかしこんな不可思議な世界は、今まで生きた中で見たことが無い。

 この状況に自身の存在のあやふやさを感じ、不安が押し寄せる。

 

「俺は、木津きづヒイラギ。伊織いおり高校一年の十五歳。……よし、自分のことは覚えている」


 どうしてこんなところに居るのだろう。

 ヒイラギは、状況を確認すべく、まずは足元を見つめる。  

 踏みしめている地面は、土のような柔らかさだ。

 しゃがみ込み、地面にそっと触れてみるが指には何もつかない。

 表面を撫でると、少しざらざらとした感触があるのみだ。

 一面の白というと雪を想像するが、ここは全く寒さを感じない。


「少なくとも、雪ではないみたいだけど……」


 ヒイラギは記憶をたどってみる。

 冬野つぐみの毒を、自分は肩代わりした。

 体に毒が入って来たあの時。

 手も足も文字通り溶けていくように、先端からどろりと欠けていった。


 だが、今の自分の体には痛みも無い。

 どこも欠損しているところもないのだ。

 これはやはり、死んだということだろうか。


 まぁ、それならそれでいいとヒイラギは思う。

 最後の明日人の言葉を信じるならば、つぐみは助かったのだから。


「最期くらい人の役に立てて良かったよ。ねぇ。母さんもきっと、そう思ってくれるよね?」


 そう呟きながらふと見上げた先に、一匹の白い蝶がふわふわと浮いているのが見える。


「あれ? さっきまでこんな蝶いたっけ?」


 この世界の中で、自分以外で唯一の動いているその存在。

 吸い寄せられるように、ふらふらと蝶を追いかけてしまう。

 風もないこの世界で、白い蝶は踊るように飛んでいる。


 そういえば、自分はこれからどうなるのだ。

 この何もない世界でどうしたらいいのだろう。

 それに気づき、途方に暮れまばたきをした一瞬。

 その間にどうしたことか、白い蝶は姿を消していた。


「な……、どうしたらいいんだ? 俺はここに、ずっと一人でいるのか?」


 誰もいないと分かっているのに、思わず言葉が出た。

 その声にまさかの返答が戻ってくる。


「だーいじょーぶだよぉ! ヒイラギぃ! そんな君の傍に、ビューティーなサンタが居るからさぁ!」


 なんだか、すごく聞き覚えのある声がする。

 声は後ろからするが、振り返りたく無い。

 本来は、一人じゃないという喜びに打ち震えるはずなのに。

 どうも体が振り返るのを拒否してしまうのだ。


「どうした? 君の大事な存在の私を、忘れてしまったとでもいうのかい?」


 その言葉に、ヒイラギは後ろの存在を確定させる。

 このまま無視をしようか。

 だかヒイラギが振り返るまで、後ろの人物はずっとなんやかんやとしゃべり続けるのだ。

 仕方ない、諦めよう。


 くるりと振り返ってすぐに、ヒイラギは後悔することとなった。

 目の前には予想通り、従姉の人出ひとで品子しなこが居る。

 予想していなかったのは、彼女の衣装だ。


「おい、何だその格好は?」

「え、さっき言ったじゃん? ビューティーサンタ品子だよ!」


 赤と白の衣装でサンタということなのだろう。

 なぜかそのトップスは肩がしっかりと露出した、そしてへそが見える仕様になっている。

 足の長さを強調したいのだろうか。

 スカートがとてつもなく短い。

 サンタならはブーツが定番であろうに、彼女が身につけているのはレッグウォーマーだ。


「どうだーい? 似合うかーい?」


 楽しそうに品子はその場でくるくると回りだす。

 何かが見えてしまいそうだ。


 回転しながらたまに近づいてくる、品子の息が明らかに酒臭い。

 よく見れば、目もとろんとしているではないか。


「品子。お前、酒を飲んでるのか?」

「飲んでませんよ~、私はただ、飲まれているだけです~!」

「うわ、面倒臭い。もう嫌な予感しかしないパターンのやつだ!」


 思わずヒイラギは叫ぶ。

 

「はっはっは! 女性に免疫のない男子高校生ヒイラギ君。この姿は少々、刺激が強いかなぁ! でもしょうがないよね、そういうものなんだから!」


 にやにやしながらスカートのすそをつまみ、「ほれほれ」と言ってくる品子にだんだんヒイラギは腹が立ってきた。


 なめんな、品子。

 お前の弱点を知っている俺を敵に回したことを後悔しやがれ。

 その思いを胸に、ほんの少し笑みと企みをもってヒイラギは言う。


「あぁ、似合ってるな。……主に『胸』以外は」

「はうぅっ!」


 雷に打たれたかのように、品子の動きがぴたりと止まった。

 やがてよろよろと二、三歩下がると、その場に崩れ落ちる。


「ひ、ひどいー! これはスレンダーっていうんだもん! わたし、胸と性格が謙虚なだけだもーん! ヒイラギのばかぁー! うわーん!」


 いい年をした大人が、泣きながらヒイラギの元から走り去っていく。


「いや。性格が謙虚は確実に間違っているからな、品子」


 ヒイラギは品子を撃退できたことに満足する。

 ほっと一息つこうとして、我に返り叫ぶ。 


「しまった! ここから出たいのに、あいつをどこかに行かせてしまった!」


 慌てて周りを見渡すが、もはや誰もいない。

 白い静寂の世界に再び戻ってしまっている。

 なんということだ……。

 今度はヒイラギがその場に崩れ落ちる番となった。


「一体、どうしたら……」


 再び誰に言うでもなく呟いた言葉に、まさかの反応が返って来る。


「どうしたらですか? では話の角度を変えて考えてみましょう」


 今度は男の声。

 だがその声は、どこかで聞いた覚えがある。


 いやいやながらも振り返った先。

 そこには赤と白の衣装をまとった男が居る。


 振り返らなければよかったという後悔が押し寄せる。

 しかしすでに男とは、ばっちりと目があってしまっているのだ。

 もうどうしようもない。

 ため息をつき、ヒイラギは男に話しかける。


「おい、お前。……落月らくげつ奥戸おくとだよな? なんでお前が、ここに居るんだよ?」

「ほぉ、私の名前まで把握済みでしたか。さすがは白日ですね」


 心なしか嬉しそうに奥戸は、ヒイラギに話しかけてくる。


「あと本当は、すごくすごく突っ込みたくないんだけど。なんで男のお前まで、ミニスカサンタなんだよ? 品子と違ってタイツを履いているのは、足を見せないというお前なりの配慮か?」

「そうですね。私、中性的な顔立ちなのでおそらく問題はないかと。これは平たく言うと大人の事情という、ある意味で最恐のはつど……。おっとこれ以上は、私の口からは言えませんね」


 よくわからない。

 よくわからないが。

 触れてはいけない何かに、一瞬だけ関わってしまったようだとヒイラギは悟る。


「まぁ、良いじゃないですか。私としてはあなたに伝えたいことがあってここに来たのですから」

「……嫌な予感しかしないから、聞きたくないんだけど」

「まぁ、そう言わずに。何せ、あなたの手が私の頬に触れた瞬間のあの感覚。私は未だに思い出しては、体が震えてくるのですから」


 奥戸はなぜか、頬を赤らめている。


「いや、おかしいよな! それはあんたが誘拐した冬野を俺が取り返しに行って、それで殴った時のことだよな! 変な脚色を入れるのやめてくんない!」

「変な脚色なんて……。その後に私をきつく何重にも縛り、自由を奪っておきながら『とりあえずは』なんて言って放置プレイにしたこと。……忘れてないですからね」

「いや、本当にやめよう! 違う意味でそれ、言葉の暴力だからな!」

「えー。縛って放置って、凄いレベル高くなーい?」


 ヒイラギの背中に、どこからともなく現れた品子がどかっと乗りかかってきた。

 首を捻じ曲げて顔を向けると、ニヤニヤ顔の品子と目が合う。


 こいつらは、どこから出てきたのだろう。

 あぁ、このサンタコスターズ、どこかに行ってくれないだろうか。


 サンタ達をにらみつけながらそう考えていると、か細い声がヒイラギの後ろから聞こえてくる。


「ひ、ヒイラギ君! みつけた。やっと見つけたよ!」


 聞き覚えのあるその声。

 その人物の性格を表していると言わんばかりの、たどたどしくも優しい声。


「冬野、……か?」


 ヒイラギは振り返ろうとして、躊躇ちゅうちょする。

 この流れでいくと、つぐみもミニスカサンタだろうか。

 あの恥ずかしがり屋がそんな姿で現れるのかと。


「いいのか? 俺はそんな姿を見てしまっても? ……しっ、仕方ないな、うん。振り返らないと話も出来ないしな」


 ……ちょっとだけだ。

 その後すぐに下を見れば、あいつも大丈夫だろう。


 ゆっくりと振り返る。

 そんなヒイラギの目に入って来たものは、赤白ではなく薄茶色の姿。


 つぐみは。

 彼女は、トナカイの着ぐるみの姿で立っていた。


 品子達のようにスカートをかたどったトナカイではなく、純度100%のトナカイの着ぐるみ。

 さらに言えば、さっきまでうるさかったサンタコスターズが、なぜか消えてしまっていた。

 ヒイラギは、ほっとして改めてつぐみを眺める。


 そうだ。

 彼女にはやはりこういう姿がお似合いだ。

 ヒイラギは妙な安心感と納得をしながら、つぐみの顔を見つめる。

 彼女は顔を真っ赤にして、涙をぽたぽたと流していた。


「見つけた! よかった! やっと見つけたよぅ。ううっ」

「おい。泣かなくてい……」


 ヒイラギはそう言いながら前に進もうとする。

 だがそれは叶わず、体が前に傾いていく。 

 ふわりと目の前を白い蝶が横切った。


 途端にヒイラギに眠気が襲う。


「何で? さっきまでそんなものちっともなかったじゃないか! 冬っ、冬野ぉ!」


 つぐみに向かって、ヒイラギは手を伸ばす。

 その姿に気づき、つぐみも自分の元へと駆け寄ってきた。

 一生懸命に手を伸ばしている姿が、互いの目に映される。


「ヒイラギ君! ヒイラギ君! 待ってて!  私、必ずあなたをっ……!」


 つぐみの声が、もう聞こえない。


 ――駄目だ、目を開けるんだ。


 そう願うのに、ヒイラギは倒れこんでしまう。

 体の痛みは、ない。

 それなのに心はじりじりと痛んでたまらないのだ。


 ヒイラギが思うこと、それはただ悲しいという思いのみ。

 つぐみはやっと見つけたと言っていた。

 あれだけ彼女は泣いていたのだ。

 ずっとずっと、探していてくれたに違いない。

 

 ごめん。

 見つけてくれたのに。

 ごめん。

 泣かせちゃって。

 ……ごめんな。



◇◇◇◇◇



「ヒイラギ君!」


 自分の出した大声につぐみは驚く。


「あ、あれ? 私、……寝てた?」


 夕飯の準備をして、一息つこうと思って座ったソファーで、つぐみはそのまま眠ってしまっていた。


 何か夢を見ていたような気がする。

 だが思い出せない。

 なぜだかいつもと違って、思い出せないことがひどくもどかしい。


「ただいまー、冬野君。お腹すいたよぉ~」


 玄関から品子の声が聞こえてくる。


「はーい! 先生お帰りなさい!」


 つぐみは立ち上がると、ソファーにかけていたエプロンを着て玄関へと迎えに行く。


「先生。ご飯すぐ出来ますからね!」


 夢のことはすでに忘れ、夕飯の準備に取り掛かっていく。

 品子とシヤが、リビングでにこやかに話しているのを見つめつぐみは思うのだ。


 さぁ、私に出来ることで皆に活力を。

 そして明日こそきっと、ヒイラギ君を起こせるように頑張ろう!


 ――待っててね、ヒイラギ君。

 私、必ずあなたを起こしにいくから。

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