第128話 三条管理室にて
品子は自分の隣へと目を向けた。
隣には正座をしている惟之がいる。
そんな品子も正座をして本部にある三条の管理室にいるのだ。
そしてその品子達の前には一人の女性。
「とりあえず、今日の反省会をするとしようか?」
開催の宣言が、女性の笑顔と共に行われていく。
丸顔でふんわりとしたやわらかな輪郭。
年齢を感じさせないあどけない表情と笑顔が相まって、初対面の人間はさぞ優し気な印象を抱くことだろう。
顔のパーツが下に集まっていることや彼女の小柄な体つきもあり、小動物を連想させるようなその姿。
口さえ開かなければさぞ、「守ってあげたい」部類に入ることだろう。
年は五十を少しばかり超えた、部屋の主であるこの人物は背筋をしっかりと伸ばし、笑顔をたたえ二人が話すのを待っている。
沈黙に耐えられなくなった惟之が口を開く。
「き、
「へぇ、反省してるのに私をそのまま置いてどっか行ってたよね~」
さっそくばっさりと惟之は切り捨てられている。
品子はうつむき、この後の惟之を憂う。
清乃が、惟之の正面にやってきてしゃがみこんだの機に隣へと視線を向ける。
するりと右手が伸び、惟之の左頬をつまむと笑顔のまま上に吊り上げていくのが見えた。
次は、自分の番か。
言葉を間違えれば、隣の男がいま感じている痛みでは済まなくなるな。
あぁ、どうか惟之よりひどい目に遭いませんように……。
そう願いながら、品子は口を開く。
「か、……清乃様。
「あっはは~、心にも思っていないことを言ってんじゃないよ。とりあえずお前は、『惟之よりひどい目に遭いませんように~』としか思ってないだろうよ」
(うは、図星だよ)
そう思う品子の正面に、清乃がしゃがみ込む。
顔を上げれば笑顔を浮かべた悪魔が両手をわきわきとさせて、両頬に触れてくる。
つまり自分は惟之の二倍か。
ピリピリとする頬の痛みを感じながら目を閉じ、その時間が終わるのを品子はひたすら待つ。
「あー、指が疲れた。年寄りを酷使するなんて。もー、若手組ってやだねぇ」
清乃は、自分の両手をじっと見つめながら呟いている。
品子達はもはや、何を言う気力もなくただ
「さて、お前達に楽しい楽しい授業の時間だ」
清乃が部屋の奥にある飾り棚の中から黒い保護ケースを取り出す。
そこから何かを手に取ると、こちらに向けて放り投げて来た。
品子達の目前に転がってきたのは、何のへんてつもないコンセントプラグ。
「品子。それを今日、何に使ったか答えてみろ。ちなみに間違えたら、惟之の右頬のリフトアップしてやるぞ」
その言葉に惟之が、品子をすがるような目で見てくる。
きちんと答えるからそんな顔で見るな。
そう答える代わりにため息をつき、品子は口を開いた。
「これは、……盗聴器ですね。設置場所は室の席の周辺。これにより清乃様が状況を把握し、冬野君に店に入るように促したということでしょうか?」
「正解だ、ではなぜそれをお前はしなかった? 本来ならこれはお前が準備すべき事項。室の席の前を確保しただけで満足し、このような失態を演じた。その原因は何だ?」
これは、……なかなかに手厳しい授業だ。
品子はその考えと共にごくりとつばを飲み込む。
「……私の甘えから来たものです。清乃様がいる。万が一があっても何とかしていただけるという慢心から、準備を怠りました」
全くもって情けない事実だ。
確かにいつもの自分ならば行っていたであろう準備を、今回はおろそかにしてしまっていたのだから。
行動までの時間が無かった。
断られると思っていた清乃の協力を、取り付けられたという事実に頼り過ぎていた。
言い訳のような思考が次々と頭の中に現れては消えていく。
だが目の前にある事実は、すべき行動をせずにいた愚かな部下に上司が失望した。
ただそれだけ。
自分の不甲斐なさが
「お前が滅多に来ないこの管理室に来たかと思えば、三条の長である私にいきなりの協力要請。断ろうとしたらお前は言ったな。『自分が今、大人としてある子に力を貸してあげたいが実力不足だ。だから、私にとっての大人であるあなたに力を借りたい』と」
うつむいていても、惟之がこちらを見ているのが分かる。
(あぁ、畜生! こんなことなら一人で来れば良かった!)
顔が、頬すら超えて耳まで熱い。
自分の「らしくない」行動を惟之に知られたことで、きまりが悪くて顔を上げられない。
「……まぁ、今それなりに面白いものも見れた。予想外にあの室から、興味深い話も引き出したことだしな。今回の件はこれで終いにしてやるよ」
くくくと愉快そうに笑うと、部屋の主はうつむいたままの品子の前に立ち言葉を続ける。
「今後も助けてやらんこともない。だがそれならば、お前が考えうる限りの最善を尽くしてからこちらに来い」
「……ありがとうございます。今後はこのような不始末を二度と起こさぬよう、精進いたします」
顔を伏せたまま言葉を続ける品子に、降って来たのは予想外の声かけだった。
「しかし何事にも
その柔らかい言葉に思わず品子が顔を上げれば。
向けられた眼差しには、普段みたことの無い慈しみが表れているではないか。
いつもの様子と違う相手の「らしからぬ」行動に、おもわずきょとんとしてしまう。
よほど間抜けな顔をしてしまっていたようだ。
再び愉快そうに笑った後、二人を見据えて清乃は語りかける。
「冬鳥のお嬢さんの元へ早く帰ってやるといい。お前はもっと視野を広げ、正しく動けるようになれ。お前がその子にとって、大人として傍にいてやりたいと思うのならばな」
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