第167話 冬野つぐみは考える

「観測者?」

「そう。そいつがあなたと話がしたいと言っているの」


 つぐみは沙十美から観測者という存在、そしてその人物が自分と話を望んでいるのを聞かされていた。

 

「問題はあなただけと話がしたいと言っていること。そのために白日の人達に知られないように実行する必要がある。ただし、二つ目の方は、難しければある程度は話してもいいらしいのだけれど」


 沙十美が自分を見つめ返事を待っている。

 つぐみは笑いながら話を続けていく。


「もう、そんな顔しないで! それにしてもお願いと言われたけどさ。私が室さんと沙十美を巻き込んだから、観測者さんに悟られたんだよね」


 沙十美の肩に手を置くと、つぐみは続ける。


「それなのに断るなんて、まずあり得ない。話はもちろんさせてもらうよ! さて。皆にどうしたら気付かれずに、話が出来るかだね」

「そもそもあなたは奥戸の件で、身辺警護の為に常に白日の人が誰かしら一緒にいるのよね? ここは素直に、事情を話した方がよさそうな気もするけど?」

「うーん。そうするときっと、会うことすらだめだと言われると思う。実は先日も私、勝手な行動をして皆に助けてもらったばかりなの」

「それが顔の怪我の件なのかしら? ヒイラギ君の病院で聞いた時には、はぐらかされてしまっていたけれど」


 病院でつぐみは、沙十美にこの頬の怪我の理由を聞かれていた。

 だが説明をすると、怒られるのが予想できたこと。

 そしてそれを話してしまった際に二人の心が乱れて、胡蝶の夢が上手くいかなくなる可能性があるという思いがあり、その当時は事情を話さなかったのだ。


「うん、実はね」


 先日の倉庫での事件を、つぐみは沙十美へと語っていく。


「な、なっ、あんたって子は! なんて無謀むぼうなことをしたの! このおバカっ!」 

「ご、ごめんなさい。発動や特別な力もないのに勝手なことをし……」


 つぐみの言葉が途切れる。


「つぐみ、どうしたの?」

「そう言えば、あの時……」


 品子に眠らされた時は、自分の中にさとみが居た。

 それによって何か体に、特別な変化や力の発動があったとしたら。

 だから皆が自分を見たときに驚き、何かよくない変化があったので眠らせた。

 そう考えればしっくりくるではないか。


「沙十美、実は私ね」


 つぐみは先程、木津家であった出来事を話していく。


「……ふぅん。小さな私があなたの中に入ったことで、あなたに何かしらの変化があった。先生はそれを防ぐために、あなたを眠らせた。そういう風に受け取れるわね、確かに」

「沙十美は室さんの中に入って、何か変化があったとか室さんが言ってたことってある?」

「えー。あいつ自分のこと、全く言わないもの。でもそうね、ちょっと聞いてみようかしら? 何かあなたに役に立つ情報が出てくるかもしれないし」

「ありがとう! さてと。それじゃ改めて観測者さんと、どうやって会うかの話なんだけど」

「それはまた次の機会になりそうよ。とりあえず今回はつぐみと話すことの了解を得た。それだけでも観測者には報告しておくわ」

「え? それってどういう?」


 おでこに何かが当たる感触の後に、ふわりとなでる優しい風。

 品子が自分を起こそうとしているのだとつぐみは気付く。

 

「それじゃあね、つぐみ。話が出来て良かったわ。小さな私にもよろしく言っておいて」

「うん、わかったよ。じゃあね、沙十美。また後で、……かな?」

「そうね、またこちらからお誘いするわ」

「うん。待ってるね」


 つぐみが目を閉じると、ふわりと浮き上がるような感触が体を包む。

 起きたら皆に伝えるべきことを考えていく。

 少なくとも、自分も品子も謝るのは違うということだけは分かる。


 まずは皆の顔を見てから、どうするか決めよう。

 つぐみは浮き上がる感覚に身を委ねながら、そう思いを巡らせていた。



◇◇◇◇◇



「……冬野君、聞こえるかい?」


 品子の声が聞こえ、つぐみは目を開きかける。

 だが部屋の照明の明るさに目が眩み、とっさに目を閉じてしまう。

 思わず手のひらを上に掲げ、目を覆い隠すようにして明るさに慣れるまで待つ。

 そうして再び、ゆっくりと目を開く。

 目の前には品子、ヒイラギ、シヤの三人。

 それぞれが心配そうに、つぐみを見つめている。

 その表情を見る限り、前に起こっていたであろう変化はもう消えているようだ。


(……さて、何といったものか)


 とりあえずは、元気なので何も心配はない。

 それが分かるような、無難な挨拶をするべきだろう。

 まずは自分からと、つぐみは口を開いた。


「お、おはようございますっ! いやぁ、今日もいい天気で何よりでしたね!」


 彼らは、固まったままで何も言わない。

 自分が予想していなかった相手の行動に、つぐみは動揺したまま思いを口にする。


「えええっとですね。とりあえず私と先生がお互いに謝ることは、違うと思ったのです。だから無難な挨拶をしようと思って。私なりに精一杯、考えた文言が先程のものでして! 決して、決して! 皆様を、固まらせようとしていた訳ではないのです。本当です。私の信仰する、タルトの神様に誓って言えます。誓って……」


 恥ずかしさでだんだん声が小さくなり、つぐみはとうとう最後まで言えずにうつむいてしまう。

 視界に映る自分の両手を所在無さげに、もぞもぞと動かしながらこれからどうしようと考える。


「まぁ、つぐみさんらしいですね」

「うん、冬野らしいな」

「そうだね、実に冬野君だ。タルト神が出てくるあたりとかね」


 ぽんと頭に誰かの手がのせられ、そのままくしゃくしゃと撫でられる。

 見上げた先には、腕をこちらに伸ばした品子がいた。

 

「君はヒイラギに『その垂れ流しにしている思考を公に出すということを控えろ』って言われてたけど。今日はそのおかげで助かったよ。だから謝らないよ。でもこれだけは言っておこうかな。……ありがとう」


 とても綺麗で温かな笑顔が、品子の顔に輝いている。

 自分の拙い言葉に対する、優しい言葉。

 品子はいつもつぐみがずっと欲しかった思いを、言葉を注いでくれる。


(……だめだ、そんなことを言われたら)


「あ、品子姉さんが、こりずにまたつぐみさん泣かせてます」

「うわ、本当だ。これからは『女泣かせの品子』って呼んでやろうぜ」

「えー、内容は別にいいけど。ヒイラギのネーミングセンスがいまいちだからやだぁ」

「内容はいいんですね。品子姉さんらしいですけど」


 自分のせいで品子に変なあだ名が出来るのはいけない。

 誤解を解かなくてはと慌てて言葉を発する。


「いけません! これは、これは嬉しい涙なのですから。……うぐじゅっ」

「うわ、いつも通りの鼻水がっ! シヤ! ヒイラギ! どっちでもいいからティッシュ持って来てあげてっ!」


 ツンとする鼻をティッシュでおおう。

 いつも通りにわんわん泣き、いつも通りに。

 つぐみはここに居られる幸せをただ感じていくのだった。

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