第43話 帰ろう

「では、私は家に帰りますね。お世話になりました」


 つぐみは玄関で靴を履きながら、見送りに来た品子へと礼を伝える。


「あぁ、今日は……。いや昨日から、いろいろあって疲れただろう」


 ハンカチで包んだ保冷材で、頬を冷やしながら品子は答えてくれる。

 一体、何があってこんな風になったのだろう。

 いろいろあったのは、自分よりも品子の方ではないか。

 つぐみはそう考えながらも、品子の持つハンカチを見て思い出す。


(シヤちゃんのハンカチ。今日、持っていればよかった。そうしたら返せたのにな)


 次も急に訪問するかもしれない。

 いつでも渡せるように、鞄にシヤのハンカチを入れておこうとつぐみは決めた。


「この家を出て、二つ目の角を右に曲がったら、大きな通りに出る。そのまま北の方に行けば長根駅に着くからね。送ってあげられなくて申し訳ない。昨日、今日と負担をかけてしまった分、明日は家でゆっくり体を休めてくれよ」

「はい、本当にありがとうございました。また明後日に学校で!」


 玄関を出て数歩、歩いた後に振り返る。

 この家でいろんなことがあった。

 知りたくない、知ってしまった事実もその中にはふくまれている。

 だが知ってしまったことに対して、後悔は全く感じられない。

 知らないでいるより、知ることを望んだのは他ならぬ自分なのだから。


 この自分の小さな力が。

 沙十美を見つける、あるいはこれ以上の行方不明者を出さないように手伝えるというのなら。

 それならば喜んで手伝いたいとつぐみは願うのだ。


 ここに来て、自分のことで気づいたことがもう一つあった。


『誰かの役に立ちたい』


 その気持ちが、つぐみの中に強く芽生え始めている。

 品子に必要とされてると知った時、つぐみはとても嬉しかった。

 自分に出来ることがあるのならば、勇気を出してみよう。

 一歩だけでも前へ進んでみよう。

 そんな強い気持ちが自分の中で生まれてきているのだ。


 立ち止まり、つぐみは目を閉じる。

 皆で食べたごはん、風呂の温かさ、品子とヒイラギ達の楽しそうな会話が思い出される。


「こんな時だけど、楽しかったな」


 ポツリと呟いてしまう。

 ずっと一人だった自分に、人と一緒に過ごせる、触れあえる時間が貰えた。

 こんな時間を過ごせるのは、つぐみにとって本当に久しぶりだったのだ。


 話す相手がいる。

 言葉だけでない、触れあえる思いやものがあるのを知れた。

 今日の出来事を、つぐみは決して忘れることはないだろう。

 誰も見ていないが、感謝の気持ちを表したくなり、彼らの家に向かって一礼するとゆっくりと顔を上げる。

 皆の顔を思い浮かべ、つぐみは駅へ向かい歩き出した。

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