第192話 人出品子は諭す
「……という訳で、連太郎君が相手を殴っちゃったんだって。いけないねぇ、いっけないよねぇ〜」
いつもに増していい笑顔を自分へ向ける彼につぐみは苦笑する。
思い出すのは、連太郎と以前に話をした時のこと。
『どうしても悪く言われてしまう人も、いるのは確かですね』
これはヒイラギ達のことだったと改めてつぐみは理解する。
話をしていた時の連太郎は悲しそうな、苦しそうな顔をしていた。
今回の行動は彼がたくさん考え、自分の決めた答えや選択を行った結果なのだ。
彼にはあまり自分を責めてないでほしいとつぐみは思う。
「という訳で直属の上司である二人が、お呼び出しされたっていうのが今回のあらましみたいだね。どうやらお説教は終わってるみたいだよ。もう少ししたら連絡してみよっか? そしたらさ。皆で帰れるんじゃないかなぁ?」
明日人はスマホを操作し終わると、つぐみに向き直りフォークを持つ。
「さぁ、たーべよっ! 僕はマンゴーからいくよ。だからつぐみさんは桃のタルトだよ。さっき言ったとおり食べたら感想を言い合って、お互いにもう一つの味を楽しもうね!」
子供のような無邪気な笑顔を輝かせ、明日人はマンゴーのタルトを大きく口を開けて食べている。
笑顔につられながら、つぐみも桃のタルトがのったお皿を自分の前に引き寄せる。
同じ位に大きく口を開けて、頬ばるタルトは口いっぱいに幸せを広げていくようだ。
二人は目を細めながら、この時間と美味しさを味わっていく。
瑞々しい桃の優しい甘さをじっくりと堪能しながら、この後の彼らとの合流をつぐみは心待ちにするのだった。
◇◇◇◇◇
「人出様。この度はご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
三条の管理する部屋の一室。
品子と二人きりでいる青年は、そういって深々と頭を下げてきた。
顔を上げることなく、自分の声が掛かるのをじっと待っている彼の姿を見つめ、品子はどうしたものかと考える。
ヒイラギと問題を起こした彼が、まさか同じ三条の所属であったとは。
彼の名は
白日に入って一年程の青年だと資料には書いてある。
彼は発動者ではない事務方の人間だ。
品子にとって彼は見たことはあるといった程度で、三条の人間だとは把握していなかった。
実のところ
普段、自分が本部に顔を出さないという後ろめたさ。
加えて同じ所属であるということを認識していなかった気まずさを感じながら、品子は彼を見やる。
資料を借りたことを清乃に知られたら、「お前は! 自分の所属の人間すら把握を出来ていないのか!」とまた叱られてしまう。
後で改めて井藤には、この資料を借りたことを内密にしておいてもらわなければと品子は思う。
しかしながら資料を見る限り、彼はなかなか優秀ではあるようだ。
人当たりがいいようで、資料の中においても同世代の子達の中でもリーダーシップを発揮し、まとめ役になることも多いと記入されている。
だが一方で性格的に、少々調子に乗りやすい所もあるようだ。
品子としては元気なタイプは嫌いではない。
誰だって、失敗の一つや二つはあるものだ。
さすがにそれを口に出すわけにはいかないが、結構な頻度で謹慎を食らっている自分としては、多少の親近感もある。
「とりあえず顔を上げてくれ。君も十分、反省しているのだろう?」
品子の声に、彼は顔を上げる。
その顔に表れた悔いの表情を眺めながら、優しく話しかけていく。
「今後、気を付けてくれればそれでいいよ。だがもう少し言葉には気を付けた方がいいだろうね。まぁ、この言葉は私が言える立場ではないがな」
品子の声かけに、足取は唇をかみしめうつむく。
「起こってしまったことは仕方がないさ。ただ一度、ヒイラギ達には謝罪をしておいた方がいいだろうね。いずれ九重君からも君に謝罪されるだろうからそのと……」
「人出様っ!」
言葉を遮ると、足取は真剣な眼差しで品子を見つめてくる。
「木津君達にはもちろん、謝罪させて頂きます。今回の件、責任をと言うつもりはありません。ですが自分がこちらの組織に相応しい人間でないと自覚した今、自分はここに居られません。どうか白日を離れることを、お許しいただけませんでしょうか?」
突然の足取の要望に、品子は戸惑いを隠せないまま言葉を返す。
「いや。君も分かっているだろうが、それはそんなに
「もちろん分かっています。ここを離れる際に、僕の記憶は消されるのですよね?」
「その通りだ。この組織の存在が、必要以上に知られるわけにはいかないからね。それに君がこの白日に入る際に、君を紹介した人物がいるはずだ。だからその方にも、迷惑が掛かると思うのだが……」
「確かにそうですが、何より自分自身が許せないのです。軽い気持ちで発した言葉だったとはいえ、人を傷つけてしまったという事実が……」
目を伏せる彼に品子は近づき、そっと肩に手を添える。
ゆっくりと顔を上げこちらを見てくる彼に、品子は微笑み口を開く。
「どうかそんなに自分を責めないでくれ。君にはもう少し、考える時間があってもいいと思う。冷静になったところで、もう一度考えてみて欲しいな。その時に改めて返事を貰おうか」
「……はい、わかりました」
悲しげな表情を浮かべたままの彼に付き添い、品子も廊下まで出る。
部屋を出てすぐに廊下で、彼は再び品子に向き直ると深々と礼をした。
ちょうど周りに居合わせた数人が、何事かとこちらを見ているのを横目に彼に声をかける。
「今日の所は帰りなさい。何度も言うが、失敗は誰だってするものだ。そんなに自分を責めてはいけないよ」
「ありがとうございます。でも、やはり僕は三条には相応しくは……。いえ、失礼いたします」
去っていく彼の後ろ姿を見送った品子は、再び部屋に戻ると井藤から借りた資料を今一度、読み返す。
あそこまで語っている彼に、こちらからはこれ以上は何も言うことはない。
彼がこれから、『正しい判断』をしてくれるのを願うのみだ。
品子は部屋の時計をちらりと見る。
この時間なら、つぐみ達もまだ店にいるだろう。
一度、連絡を取って迎えに行こうか。
そう思いながら、別室でヒイラギ達と待機している惟之へ連絡を取る。
彼が既に明日人と連絡を済ませており、店の前で合流という流れになっていた。
ただ惟之は、随分と落ち込んでいる連太郎を放っておけないという。
一人で帰らせるのは心配なので、送り届けたいと申し出てきた。
品子がヒイラギ達を迎えに来たら、連太郎とそのまま帰るのだと彼は言っている。
相変わらず面倒見のいい惟之の行動に、くすりとしながらも品子は足取の今後を考える。
いくつかの選択の中で答えを決めるのは彼自身だ。
品子はそう結論を出し資料を鞄に入れると、足早に惟之達の待つ部屋へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます