第209話 井出明日人は言いよどむ

「それならば、女性を向かわせれば良いのでは? そう、例えば出雲さんとかだったら!」


 明日人からの提案に、惟之は首を横に振る。


「おそらく無理だ。仮に出雲が向かうとしよう。部屋の中で出雲が品子に見入ったままで、行動不能になって終了だよ」

「つまり、誰も部屋に入ることが出来ないと?」

「あぁ、そうだ。だから解決方法としては、品子が意識を失うこと。それでようやく発動が解除され、あの部屋に入れるという訳だ」

「では僕達は、ただ待つしかないと」

「残念だがその通りだ。まぁ、他にも方法はある。品子が自分の力で、発動を抑え込むこと。だがこちらは正直、難しいな」

「そうですね。品子さん、ひどく動揺していますから」


 今の品子の状況が、明日人には分かるのだ。

 助けたいのに、手が届かない。

 さぞ彼は、やりきれない思いを抱えていることだろうと惟之は思う。


「つぐみさんとは違う意味で治療が施せない。自分の無力さが嫌になりますね」

「そう自分を責めないでくれ。そういった意味で言ったら、俺はお前さん以上に無力だよ」


 惟之の言葉に明日人は、悲しげな眼差しを向けてくる。


「すみません。誰が悪いわけでもないですものね。こればかりは」


 独り言のように、明日人は呟く。

 だがすぐに惟之を見上げ話を続ける。


「あの、状況は理解しました。惟之さん、先程の発言の数々。知らなかったとはいえ、申し訳ありませんでした」


 ソファーから立ち上がり、明日人が惟之へと頭を下げる。

 

「俺の方こそ説明が足らずに不快な思いをさせてしまったな。すまなかった。頭を上げてくれ」


 惟之も同様に立ち上がると、明日人に座るように促す。

 ソファーに再び座った彼は、何やら言いたげな表情で惟之を見てくる。

 

「……ここは二人だけだ。言いたいことがあるのなら、……聞くぞ」


 惟之の言葉に明日人は、ためらいと好奇心が混ざりあった表情を浮かべた。


「ん〜、ではお言葉に甘えて。惟之さんが今、鷹の目を使っていないのは。……その、やっぱり」


 普段は惟之に対して遠慮のない明日人が、珍しく自分に対して言いよどんでいる。


「その、品子さんの姿を鷹の目で見ることすら、危険だということですか?」

「……確かに聞きづらく、答えづらい質問ではあるな。だが、聞くぞと言ったのは俺だったからな。明日人、お前は今はどうだ?」

「僕ですか? 僕は今の所、品子さんの姿を直接に見ているわけではないので、特に感情や体に変化は無いですねぇ」

「そうか。俺は……。発動してない時点で、答え合わせは出来ているか。あいつを相手には言いたくないが」


 惟之は明日人へ苦笑いを浮かべる。


「惟之さんでも、そんな状態になるのですか。僕が今、品子さんの姿を直に見てしまったらと考えると。うーん、ちょっと洒落にならないですねぇ」


 困惑顔で頬をかきながら、自分に向けて話す明日人の表情。

 その顔にはまだ、思うところがあると感じた惟之は明日人へと問う。


「……まだ何か、ありそうだな」


 その言葉に、明日人は大きく目を見開いた。

 何も言わず、惟之は明日人を見つめる。

 明日人が言おうか言うまいか、悩んでいることくらいは分かる。

 それが好奇心によるものか。

 あるいはより親しくなりたいという願いから、彼女を知りたいがゆえのものか。

 こればかりはさすがに惟之には分からないが。


 しばしの沈黙の後、戸惑いながらも明日人は口を開く。

 ゆっくりと、言葉を選びながら彼は話を始める。


「昔、噂を聞いたことが、……あります。品子さんが初めて妖艶を使った時に、その……」 

「その噂の結末は? お前が聞いた話の結末はどうなっていた?」


 いつも通りに、声が出せなかったようだ。

 かぶせ気味に語る惟之の声を聞き明日人はうつむくと、「すみません」と小さな声で謝ってくる。


「言葉が過ぎました。誰しも、立ち入ってはいけない部分はあるのに。……でも」


 ぐっと顔を上げると、惟之を見つめ明日人は話を続ける。


「単なる興味や好奇心で、聞いたのではない。どうか、それだけは信じてください」


 明日人は真剣な眼差しで、惟之の顔をまっすぐに見返して来た。

 そんな彼に対し、どう答えるべきかを惟之は考えていく。

 そうしてから、ようやくまとまった結論を。

 自分の知りうる事実を伝えるために惟之は口を開いた。


「俺が、明日人に対して言える言葉ではなかった。すまない。謝るのは俺の方だ」

「いえ、惟之さんっ! それは違っ……」

「初めて品子が妖艶を使ったときの件だが。俺はその場にいたわけではないから、話すことが出来ない。その場にいた人間は、品子以外の全ての人間は」


 自分の動揺をさらけ出さないように。

 一度、大きく息をつくと再び惟之は話を続ける。


「品子以外の事件の関係者は皆、『いなくなって』いるんだよ。だから真実を知り、語ることが出来るとすれば、それは品子本人だけだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る