第164話 変化
「さとみちゃん。ちょっといいかな?」
『どうした? 冬野』
つぐみの呼びかけにさとみは、パタパタと足音を立てながらやってきた。
ピンクのウサギの柄のパジャマはとてもさとみに似合っている。
さとみは自分の前で立ち止まると、ポケットに手を突っ込みながらこちらを見上げてきた。
思わず抱きしめたい
……だが、かろうじて理性を保つ。
さもないと自分も
「あのね、さとみちゃんは私の体の中に入るんだよね? その時、私はどうしたらいいの?」
『やり方は大きな私が言っていた。冬野は目をとじていればいい。あとは私がやる』
「そうなんだ。じゃあさっそく……、ってちょっと待てよ」
自分の中に入るということ。
某女の子の変身アニメのように、さとみの服が無くなる可能性があるのでは。
それは男性も、なにより品子もいるここでは危険すぎるのではとつぐみは考える。
「ちょ、ちょっと私の部屋に行こう。そこでやり方を教えてくれる?」
『? べつにいいぞ。じゃあ冬野のへやに行こう』
「すみません。ちょっと私、さとみちゃんと体の中に入るかどうかの相談してきますね」
つぐみの呼びかけに、惟之が返事をする。
「ん、あぁ。……そうか。そうだな、わかったよ。……あ、もうお茶が無いな。明日人はおかわりはいるか?」
「僕はまだありますから、大丈夫ですよ~」
だがその返答は何だか困ったような、戸惑い気味の声に聞こえる。
「用があったら呼んで下さい。では失礼しますね」
惟之が台所に向かうのを見ながら、何となく声を掛ける。
つぐみはさとみと手をつなぐと、部屋へ向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇
惟之は振り返り、つぐみ達がリビングからいなくなったのを確認する。
台所でふてくされている品子に近づき小声で話しかけていく。
「品子、話がある」
「何だよ。今、日本中で最も傷ついた心を持つ私に何か用か?」
「あぁ、大ありだ。しかもかなり込み入った話をするぞ」
「……ここで聞いても、大丈夫なのか?」
「あまり時間が無い。手短に話す。お前の力を借りるかもしれない」
「何だか穏やかじゃないね。……聞かせて」
◇◇◇◇◇
「それで私はここで、目を閉じていればいいんだよね?」
つぐみの問いかけに、さとみはこくりとうなずく。
『うん、あとは私がやるから。こわくなかったら目を開けていてもいいって、大きな私が言ってたぞ』
「そうなんだ。どうしようかなぁ。ん~、最初だからやっぱり目は閉じているよ。ではよろしく、さとみちゃん」
『わかった、いくぞ。冬野』
つぐみは目を閉じる。
心臓の鼓動が、早くなっていくのが自分でも分かる。
思わず胸に手を当てて待つこと数秒。
『できたぞ、冬野』
突然、自分の体内から声がする。
驚き目を開けば、やはりパジャマがぺたんとなって落ちている。
この部屋でやってよかった。
妙な安心感を覚えながら、体の中から聞こえる声に返事をする。
「すごいね、さとみちゃん。これからもこうやって一緒に居られるの凄く嬉しいな!」
『そうか、冬野がうれしいならよかった!』
さとみからも明るく弾んだ声がする。
これは皆にも報告すべきだろう。
「さとみちゃん。このままリビングに行くね」
『うん、わかった!』
元気な声に微笑ましく思いながらリビングへと入る。
最初に目に入ったシヤにつぐみは声を掛ける。
「シヤちゃーん。私たち一緒に居られるようにな……」
つぐみの声を聞いた皆がこちらを見ている。
だがどの顔も様子がおかしい。
シヤの顔は真っ青だ。
つぐみの顔を見て「だめ。……嘘だ」と呟いているのが聞こえる。
「シヤちゃん。一体どうし……」
「品子!」
つぐみの声をかき消すように、惟之の鋭い声が響く。
いつもと違う厳しい声に驚き、目を向ける。
そこには、サングラスを外し目を閉じたまま、つぐみの方を向く惟之の姿があった。
「靭さん? それは鷹の目を発動してい……」
つぐみの言葉は途中で途絶える。
台所にいた品子が、自分へと向かって来るのが見えたからだ。
その表情は厳しく、普段の朗らかさは消え失せている。
いつもと違う品子の姿に、心の中に恐怖という感情が芽生えていく。
動揺を抑えることも出来ず、つぐみは怯えながら立ちつくす。
ただこちらに来る、品子を見ることしか出来ない。
「せんせ……?」
真一文字に口をひきしめた品子が、右手でつぐみの目を
痛みを感じる程の力を込められ、体がびくりと震える。
「ごめん、加減できない。少し、眠っていて」
「先生、どうして? ……それほどのことを、私はしてしまったのですか?」
品子の今までの発動は、指一本で行っていた。
だが今は手のひら全体を使った発動。
つまり、相当な力を使うということだ。
品子の声が響くと同時に、体の力が抜けていく。
自分は何をしてしまったのだろう。
つぐみの目からは涙がこぼれる。
それは悲しいからなのか、理由もわからず眠らされることからなのか。
それすらもわからないまま、つぐみは意識を失った。
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