第376話 十鳥巧は語る
非常にまずいことになった。
自分の頬に塗られた赤い水は、偽りを述べることを許さない。
この水が自分の顔から消え失せた時、命も消える時なのだと
相手から質問に答えるという行為は、こちらが話せる幅を狭めることになる。
ならば、自分がリードして進めた方がいい。
先手を取るべく、十鳥は口を開いた。
「
もしこのまま発動が間に合わない際には、清乃達を利用して、高辺から遠ざかる必要がある。
万が一に備えて、保険は多い方がいい。
十鳥の懇願に、清乃は笑顔を崩すことなく答えてくる。
「それは十鳥さん次第ですよ。私達へ誠意ある行動を見せてくれる。そうすれば、あなたに応えることが出来ましょう」
『ということらしいぞ、よかったじゃないか偽物。さて、まずはマキエのことから話してもらおうか』
「そうですね。『マキエを捕らえている』。この言葉が真実かを、確かめておきましょう」
余裕ぶった彼らの言い方に腹が立つが、今はまだ耐える時だ。
正しいことしか話せない。
この制限はかなり厳しいが、発動が可能になるまでの辛抱だ。
出来る限り答えをぼかしつつ、話を進めていくことにしよう。
「分かりました。ですが、私も命令された人間から全てを聞いたわけではありません。どうかこのことをご理解ください」
言葉を選びながら、井守の印が見えるようにと顔を上げてみせる。
「私どもはマキエ様の、魂と呼べる存在を捕らえております」
十鳥の頬に赤い色が消えていないのを確認しつつ、清乃が問いかけてくる。
「マキエはかなりの力を有した存在です。そんな彼女が逃げることもせず、あなた方に大人しく捕まっているのはおかしいではないですか」
この理由ならば、話しても問題なかろう。
いずれ発覚するものであると判断し、十鳥は答えていく。
「マキエ様を捕える際に、もちろん抵抗はされました。ですので、吉晴様を交渉の条件にいたしました」
『大人しく従えばよし。さもなくば吉晴の命を奪う。そう言ったということか』
清春の言葉に、十鳥はうなずいてみせる。
そろそろ答えにくい問いかけをされそうだ。
ならば先に、こちらが与えても差し支えない情報を話していこう。
「今、吉晴様とマキエ様は、同じ場所に閉じ込められている状態です」
『マキエはすでに亡くなっている。一緒にということは吉晴は、……死んでいるということか』
清春の低い声を聞き、慌てて十鳥は否定する。
「いいえ、吉晴様は生きておられます! 私が体を奪っているため、心といいますか、吉晴様の自我を、ある場所にて幽閉している。そう認識していただければ」
怒気をはらんだ清春の言葉に動揺し、しどろもどろになってしまう。
そんな自分へと、清乃は苦々しい表情を向けてきた。
「今の話から浮かんだ疑問が二つあります。清春兄さん、どうか落ち着いて最後まで彼の答えを聞いてください。一つ目、マキエを……」
もはや聞くまでもなく、答えが出ているのだろう。
震える声で、彼女は言葉を続けた。
「マキエの死後、
答えたくない。
だがこのまま沈黙を続ければ、自分は清乃によって。
いや、清春によって殺されることだろう。
偽ることが出来ぬ以上、今は素直に話すことしか出来ない。
「はい。……その通りです」
憎悪と殺意。
一気に膨れ上がったそれらが、目の前の人物から自分へと放たれる。
『だめだだめだだめだ! こいつを殺そう。早く殺してしまおう。マキエを利用した、生きる価値もないゴミ屑が、ここにいていいはずがない!』
「兄さん、落ち着いてください! まだ彼からは何も、情報を得ていません!」
一つの体から吹き出す、二つの強力な発動の気配を十鳥は呆然と見つめる。
「彼らに品子達が捕えられていること。それを忘れてもらっては困ります! どうか冷静に!」
怒りをしずめんとするものの、清乃の声は届かない。
次第に清春の力が、清乃を上回りはじめていく。
彼女が制御を失ってしまえば、もはや死ぬしかない。
自分の発動には、まだ時間が必要だというのに。
「十鳥さん、二つ目の問いですっ!」
兄の暴走を抑えながら、清乃は苦しそうに言葉を発する。
こんな状況で、質問などしている場合ではなかろうに。
理解できぬ行動に、十鳥は戸惑うばかりだ。
「落月が引き起こした『黒い水』の事件。あの時に
ようやく十鳥は清乃の意図を理解する。
この問いの答えを聞かせることで、清春の冷静さを取り戻そうとしているのだ。
一縷の望みにすがり、十鳥は叫ぶ。
「清春様、黒い水事件での出来事を思い出してください! あなたの息子の木津ヒイラギ君が、冬野つぐみの肩代わりをした際のことです!」
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