第371話 人出清乃は答え合わせをする

「この行動は自己紹介。そういう理解でいいのかしら。ねぇ、十鳥とどりさん?」


 腕の傷を指でなぞりながら、清乃きよのは十鳥へと笑いかけてきた。

 この状況で、なぜ笑っていられる。

 どうやって彼女は、吉晴きはるではないと気づいたのだ。

 清乃をにらみつけ、十鳥は口を開く。


「先程から何を言っている。私は一条のおさ蛯名えびな吉晴きはるだ。お前こそ一体、何者だ! いつもとはまるで別人ではないか」

「あらひどい。それじゃあまるで……」


 口元に手をあて、くすくすと笑いながら清乃は続ける。


「いつもビクビクと怯え、兄の威光を笠に着ているだけの女。そうあなたに、思われていたみたいではないですか」


 決して威圧的ではない。

 口調はむしろ、穏やかですらあるのだ。

 それなのに足が後ずさるのを、十鳥は止めることが出来ない。

 そんな自分へ、清乃はゆっくりと歩み寄って来る。


「では、答え合わせといきましょう。先程、私のことをあだ名で呼んでほしい。そうお願いしましたよね」

「それがどうした! 何の関係がある!」

「ありますとも。だって、あなたが本当に吉晴さんでしたら」 


 笑みを消した清乃が、強い視線を向けてくる。 


「雑談につきあうなんて、ありえないですもの。『自分は本部ここに長としているかぎり、公私混同はしない』。いつも彼は、そう言っていましたから」


 そんな情報は、高辺たかべから聞いたことがない。

 自分の表情を見た清乃が、再び口を開く。


「あらあら、ひどいお顔。まぁ、吉晴さんの徹底ぶりは、私や他の長が呆れるくらいでしたからね。長同士の会話を聞いたことがない。そんなあなたが、知るはずもない話ですもの」


 見つめられているのは自分。

 だが彼女が見ているのは、さらにその奥にいる『吉晴』だ。


 ふざけるな。

 十年の間、こちらがどれだけこの体を使と思っている。

 無能なこの女が、長という立場で悠々と過ごしている時。

 この男や、関わる人間の情報を叩き込むのに、どれだけ苦心してきたことか。

 そのいらだちが、十鳥を感情的に叫ばせる。


「お前がそうしてほしいと言ったから、私は応じてやった! 幼馴染おさななじみとしてここを去る前の、最後の願いである。ならばと慈悲じひを与えてやったというのに」

「幼馴染、……慈悲ねぇ」


 淡々と、清乃は続ける。


「だからおかしいと言っているのですよ。あぁ、きっとあなたでは気づけないのでしょうね。……お可哀想に」


 さげすむような目つき。

 いつも彼女に向けていたそれが、自分へと向けられている。

 

 何がだ。

 どこで自分は間違えたというのだ。

 その思いを抱え、睨みつける十鳥へと清乃は語り始める。


「本物の吉晴さんはね、大変に生真面目な方なんです。だから私のことを、決してあんなふざけた呼び方など、……するはずがない」


 向けられた視線が、自分の体に絡みついたかのようだ。

 動揺と焦りで、言葉が出ず、身動きすらできない。

 偽りのあだ名を呼ばせ、本人であるかを確認する。

 これが相手の目的だったのだ。


「もういいでしょう。さっさと吉晴さんの体から出ていってくださいな。あなたの目は節穴だから気づかないでしょうが私、もう我慢の限界なのですよ。あぁ、そうそう。合わせて大人しく娘の居場所を話してください。そうしていただけたら」


 一呼吸置いて、清乃は語りだす。


「ある程度の『お叱り』で済ませることが出来るはずです。……たぶん」



◇◇◇◇◇◇


 さっさと出ていけ、大人しく話せ。

 清乃の言葉に、十鳥はいらだちをあらわにする。


「はぁ、ふざけるなよ」


 返答を聞いた清乃が、不快そうな表情を向けてくる。

 

「もう少し、立場をわきまえてください。私は三条の長です。そのような発言を掛けられる存在ではありません」


 舌打ちをしながら、十鳥はどうすべきかを考えていく。

 緊急時は、自分の判断での行動を高辺からは許可されている。

 このままこの女を拘束し、新たな人質として娘の元へ連れていくか。

 あるいは、事故が起こったということでこの場で処分をすべきか。


 清乃は長を務めるだけあり、媒体や発動能力は高い。

 一方の十鳥は、自身の体でないこともあり、吉晴の発動と一部の自分の能力が使えるのみ。

 彼女がこの部屋から退出しないのも、負けることなどないという思いがあるからだ。

 

 しかしながら、清乃は今は一人。

 護衛である井藤いとうを連れてこなかったのが、彼女の運の尽きだ。


 娘の行方不明で、不安定になっていた清乃が突然、襲い掛かってきた。

 そのために、やむなく拘束。

 あるいは、暴れるのを抑えているうちに不慮の事故が起こり、彼女は命を失ってしまった。


 先程の発動によって付けられた扉の傷が、それらのシナリオを後押ししてくれよう。

 結論を出した十鳥は、清乃へと笑みをむけていく。


「短絡な行動は、自身を危険にさらす。そう思いませんか? 清乃様」


 声を掛ければ、清乃も同様に笑い返し、自分へと近づいてくる。


「ようやく認めてくれたのね、十鳥さん。だったら早く娘の場所……」


 掬い上げるように腕を振り上げれば、口角をさらに上げ、清乃は腰を落とした。

 そのまま横に薙ぐように彼女が右手を振るうのをかわし距離をとれば、「あらあら」とのんびりとした声を出し、清乃は立ち上がる。


「か弱い女性の拳の一つや二つ。受けてくれたっていいでしょうに」

「ははっ、ご冗談を。一つでも受けたら、この体はどうなるんでしょうかね?」

「う~ん、そうねぇ」


 人差し指を顎に当て、うつむいていた清乃が、顔を上げてほほ笑んでくる。


「ちょっと骨折しちゃうかしら。でも普段からカルシウムをしっかりとっていれば、きっと大丈夫よ」

 

 冗談ではない。

 耳に届いた彼女の言う『か弱い女性の拳』が空を切る音は、そんなレベルで済むものではなかったのだから。

 攻撃を受ければ十鳥自身も、この体吉晴の痛みを共有することとなる。

 一撃で命すら奪われかねない攻撃を受けるなど、まっぴらごめんだ。

 何より正体を悟られた以上、このまま素直に帰すわけにはいかない。


「あいにくですが、お断りいたします。このまま大人しくしていてくれれば、悪いようにはしませんが」

「あら、私の要望は却下されたってこと? だったら交渉決裂ね」


 指を曲げ伸ばししながら、清乃は十鳥へと穏やかに語りかけてくる。


「では、はじめましょうか」

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