第66話 大人の相談

 ヒイラギは品子の前に立つと話を始める。


「まず、さっき話したシヤのリードで突入する。これを変えるつもりは無い」

「それは確証がないから無理って、言ってあったはずだよ」


 ヒイラギの言葉に品子は呆れた様子を見せる。


「確証がないなら、作りゃいいんだろ?」

「兄さん。言ってることがおかしいです」


 シヤも品子と同様の顔つきをしてヒイラギに目を向けてくる。


「何だよ、シヤまでそっちの味方かよ。まぁ聞いてくれ。俺達の力は、思いで発動が可能になる。そうだよな?」

「その通りだ。それで?」

「思いが強ければ発動の威力が上がる。ならばリードと俺自身にその思い、いや『おもい』を乗せて発動させればいい。こんな障壁なんか砕いてやるって」

「念いを乗せて、……発動する」


 呟くようにシヤが、ヒイラギの言葉を繰り返す。

 

「ようやく俺の考えを理解したようだな。遅っせーぞ、妹よ。……さて品子、さっき言ったよな。『その程度の気持ちでは駄目なんだ』と。それはつまり、俺達の本気の念いを見せろっていう話なんじゃないの?」


 答えを確認するべく、ヒイラギは品子を見つめる。


「なら言ってやる。上手くいくか、いかないかなんて関係ないんだよ。上手くいかせるんだよ。これが俺の念いであり反論だ!」


 ヒイラギは一気にまくし立て、品子へと問う。


「さぁ、品子。どうなんだ?」


 ヒイラギの言葉に品子はヒイラギとシヤを見つめる。


「……悪くはなかった。よくそこまでたどり着いたと言ってもいい位だね。うん70点だ」

「じゃあ!」


 弾んだ声を出したヒイラギに品子の冷たい言葉がかぶさる。


「だけどその意見は、却下させてもらおう」

「……何で? 何がいけないんだ?」

「品子姉さん、兄さんの理論はそんなに間違っていると思えません。私もこの案に賛成します」

「少し疲れた。惟之、悪いけど私は仮眠を取らせてもらうよ。二人ともその間に帰りなさい」


 品子はソファーの方へと歩いていく。

 数歩分、ヒイラギは見送ったが、抑えられない感情のまま品子の前に立ちふさがると腕を掴み叫んだ。


「結局、品子は怖いんだろ! 助けられずこうやってじっとしているのが! 上が待機って言ってるからって、それに乗っかってるだけなのか? 俺はな! 俺はたとえ一人でも行く! お前なんていなくても、絶対にあいつを助けてみせるからな!」


 シヤもヒイラギの隣に来ると、ヒイラギを見つめ話し始める。


「兄さん、一人ではないです。二人に訂正して下さい。私も行きますから。つぐみさんが待ってますし」


 シヤはそのまま視線を、品子に向けていく。


「品子姉さん、私達は本気です。助けてくれとは言いません。だから邪魔しないで下さい」


 あのシヤが、ここまで自分の主張をするとは。

 今までに一度もみたことがなかった妹の姿にヒイラギは驚く。

 品子もシヤの態度に戸惑いの様子を見せている。

 しばらく考え込んだ表情をしていた品子が、そのまま下を向くと肩を震えさせていく。


「し、品子? 具合でも悪いの?」

「く、くく。そうだねぇ。いいよぉ、その本気は」


 どうしたことか品子は笑っている。

 あまりに場違いな行動に、ヒイラギは品子を見つめることしか出来ない。


「ねぇ、惟之ちゃーん」


 おもむろに品子が、惟之の方を向く。


「私さぁ、一つ提案があるんだけど。ちょっと相談に乗ってくんなーい?」

「……偶然だな。実は俺も、一つ相談したいことがあるんだ」


 品子は自身の腕を掴んでいるヒイラギの手をそっと外す。


「ちょっと外で大人の相談してくるから。そこで待ってて。すぐ戻るよ」


 それだけ言うと、惟之と一緒に部屋を出て行く。

 ドアを閉じる前に、ひょこりと品子は顔を出した。


「お前達の力を借りるよ。少しの間だけど、休んでおきなさい」


 扉の閉まる音と共に静けさが訪れる。


「大丈夫だったって思っていいのかな?」


 ヒイラギはシヤにそう呟き、一緒にソファに座る。

 隣のシヤは、何も言わない。

 何となくヒイラギはシヤの手を握ってやる。

 握り返してくるシヤの手に力を込め、二人は大人達の帰りを待つのだった。



◇◇◇◇◇



 じわりと上がってくる熱気に少し顔をしかめながら品子は階段を下りていく。


「あんなにいじめなくても、良かったんじゃないのか?」


 後ろからついてくる惟之の言葉は、少しとげを含んでいる。


「いじめたつもりは無いよ。彼らの覚悟が知りたかったからね」


 ビルから出て店の方を見つめた品子は、惟之へと言葉を返すと右手の腕時計を確かめる。

 つぐみがあの店に連れ去られてから、まだ一時間程しか経っていない。

 

「きっと私が協力してくれといったら、二人ともそうするのは分かってた。でもそんな気持ちでは無理。おもいが足りない。中途半端な気持ちで発動したら、きっと彼らに大変な反動が起こってしまう。それを防ぐためなら、私はいくらだって残酷な人間になれるよ」

「だからあんな、冷たい態度を取っていましたってことか」

「でも二人の力を合わせて発動しようという考えまで、あの子達が自分自身で気付けていたのは嬉しかったよ。冬野君の影響かなぁ? 二人とも、彼女のおかげでぐんぐん成長してるよねぇ。今までのあの子達は母親の言葉を守り動いていた。でも今はそうではなくて」


 語りながら品子は障壁に向け歩みを進める。


「自分たちの『意志』で冬野君を救おうと願っている。これも今までの彼らには無かったもの」


 障壁の場所まで来るとやはり歩みが途絶えてしまう。

 遅れて隣にやってきた惟之に品子は問う。


「惟之。お前はどうするのさ?」

「……品子、お前さ。あの二人を帰したら、一人であそこに行くつもりだっただろ。どんな方法で行くかは、俺には見当もつかないけれど」


 惟之は、品子の言葉をはぐらかす。


「さあね。惟之さぁ、お前こそどうせ一人で行くつもりだったんじゃないの? 今のお前には、それが可能なんじゃない?」

「言ってくれるね。そこまで買いかぶられても困るんだが」

「買いかぶってなんかないよ。……ねぇ、死にたがりやさーん?」

「おいおい。何を言ってるんだ。俺はまだやりたいことが沢山あるんでね。その予定はないですわ」


 惟之は口元に薄い笑みを浮かべ品子と目を合わせたが、すぐに店の方へと向き直る。


「今回、冬野君を助けられたら。マキエ様の件が、あの子達にゆるされるとか思ってない? 命を懸けてお綺麗に華々しく散ったなら、赦してもらえるとか思ってるんじゃないの?」

「残念ながら俺は、そこまで利他りた的な人間ではない。そういうのは冬野君が担当だろう」


 品子は、障壁から少し離れたところにある縁石に腰掛ける。

 惟之はその様子をちらりと見ただけで、その場から動く様子はない。


「巻き込んでしまった以上、責任をもって迎えに行く。それが大人のお仕事だと考えただけだよ」


 呟く惟之を見つめ、品子は思う。


 だから私やあの子達を巻き込まずに、一人でお片付けしようって考えかい。

 嫌だね。

 そんな大人のお仕事なんざ、認めないよ。


「惟之、あのさ。一人で行おうとすれば負担は十だ。それが二人なら五になりうる。人数が増えれば、互いの負担はだいぶ減らせるんだ。なぁ、お互いに十というのは止めないか?」


 自分の方を向こうとしない惟之に、それでも品子は話し続ける。


「ここでお前が一人で、冬野君を助けられたのなら。確かにあの子達は、マキエ様のことは赦してくれるかもしれない。でもそれによりお前に何か起こったら? お前はあの子達に新しい心の傷を作ることになる。お前はそれが望みなの?」

「……」


 品子の言葉に惟之からの返事はない。

 それでも。

 それだからこそ、彼女は言葉を続けていく。

 さもなければこの男は、自らの命と引き換えにつぐみを助けに行くのだろう。

 品子にはその思いがあった。


「私は、あの二人の案は悪くないと思う。店まで入れば、あとはヒイラギの力を使って帰るだけでいい。だからお前が考えているであろう、この障壁の破り方があれば確率は上げられるから」

「……二つだ」

「え?」


 唐突に惟之が放った言葉に理解が出来ず、品子は間抜けな返答をしてしまう。

 惟之の右手には、いつの間にかサングラスが握られていた。


「障壁は一つではないんだよ。ここの一つと、店の扉にも施されている。だから二つの障壁を破る必要があるんだ」


 品子を振り返った惟之の左目には、金色の月。


「一つ目は俺一人でも破ることが出来るだろう。だが二つ目の扉まで俺の力が通用するか。俺にはその確証がない」


 金色の光が静かに消えていく。

 もどかしそうな表情を浮かべた惟之を品子は眺め思うのだ。

 この天邪鬼あまのじゃく男になんと言ってやろうかと。


「……お前さ。やっぱ一人で、やる気だったんじゃん。ばーかばーか、これゆきばーか」


 そういって品子は笑ってやる。

 思い切り大きな声で。


「おまえは昔からそうだ。何でも一人で抱え、他に頼ろうともしない。自分ばかりすり減らして、それなのに自分自身は守ろうともしない。そんなやつを馬鹿と呼ばずに、なんて呼ぶんだかねぇ」


 品子の言葉に惟之は不服そうだ。


「いい年した大人が言う発言じゃねーな。あのなぁ、俺は……」

「二つ目の扉の方。それは私が何とかするよ」


 品子は束ねていた髪をするりとほどく。

 風で広がった髪が頬に触れるのを感じながら、惟之の方を見る。


「もう少し話を詰めよう。ここからはお互いに、はぐらかしなどは無しで」

「……了解、ではお前の話から聞こうか」


 サングラスを着けた惟之が、ようやくいつもの顔をしていることに品子は安堵する。

 くいくいと手招きをしてから、自分の座った縁石の隣を指差す。 

 素直に座った惟之を眺めながら、品子は話を始めるのだった。

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