第67話 前へ進め

 シヤの首に、青い光が宿るのをヒイラギは見守る。

 今まで見たことのない、とても強い光。

 シヤの強い念いに、同じく気持ちを引き締める。

 光は店の扉に向かって、まっすぐに進んでいく。

 いや、もう辿り着いている光をヒイラギは握り締めた。


 確かに掴んでいる感触がある。

 初めての感覚に、ヒイラギの肌に鳥肌が立つ。

「くっ」という小さな呻きが、ヒイラギの後ろから聞こえた。

 シヤに、何かしらの負担がかかっている。

 振り返りたい衝動に駆られるが、その時間は無い。

 光を伝うように握り、走り始める。


 目を閉じ集中していく。

 シヤのリードの通りに、道筋が前にあらわれる。

 後は進むのみ。

 息を吐き、足を前に出していく。

 前へ、前へと駆け出すその先に。

 閉じた目の先に、ぼんやりとした壁が浮かび上がっていく。

 これが障壁だろうと、ヒイラギは理解する。


 シヤの光は、壁の向こうに繋がっている。

 だが、壁の向こうに繋がる光は、急にか細く変化していた。


「だったら壊すしかないよな。シヤはここまで頑張ったんだ。後は俺が頑張らなきゃ駄目だろう?」


 余裕などあろうはずがないのに、ヒイラギは笑う。


「思いを……、いや違う! それでは足りない。念いを込めろ!」


 シヤのリードに重なる自分の手のひらに、力を込める。

 リードの光の強さが増していくのを、ヒイラギの目が捉えた。


「……出来てる? 出来てるんだ! これであいつを!」


 障壁にヒイラギの体が触れた。

 そのまま手のひらに力を集中させていく。

 少しだが、着実に前へと進めている。


「行けっ! 進むんだ!」


 一歩、一歩と力を込め、歩みを進める。


 自身に触れる不気味な感覚に肌がぞわりと粟立つ。

 例えるならば体中に粘着剤でも付けられて、障壁から剥がれようと藻掻もがいているようだ。

 これだけ力を入れて動いているのに、ほとんど前に進まない。

 そのことにヒイラギは焦りを増していく。


 想定していた以上に歩みは遅い。

 品子が連れてきた男は、扉を閉めようとしている。


「嫌だ、ここまで来たんだ。諦めたくない!」


 後ろからくる光が一層、強く輝く。

 シヤだ。

 彼女はまだ諦めていない。


「俺も、俺だってまだ諦めたくないっ! 嫌なんだよ、あの時みたいな結末は! 俺は絶対にあそこに行くんだよ」


 ヒイラギの脳裏に、母の最期の姿が浮かぶ。


「母さんの時みたいに見ているだけ、泣いてるだけにはもうならない。そう決めたんだ!」


 だが、言葉の勢いに反して体は、もう一歩すら進めなくなってしまっている。

 壁の向こう側は見えているというのに。


「ぐっ! ……進めよ! 体なんかちぎれてもいいから。前に出ろよ! 後なんて、全部どうでもいいからっ!」


 つぐみはあの店に入る前に、泣きながら自分の名を呼んだ。

 脳裏にそれがよみがえる。


「何のために自分はここに立ってる? 力を、もう少しだけ力を出せっ! もう泣かないし、誰も泣かせたくない! 行くんだよ! 絶対に行くって決めたんだからっ……!」


 聞こえるのは、別人のような自分の声。

 ヒイラギの手のひらの光が、段々と弱くなっていく。


「駄目だ、しっかりしろ」


 そう願うのに、首は勝手にがくりと下を向いていく。


「嫌だ、俺はまだ動けるんだ」


 再び上を向こうとする。

 だが首すらもう、動かせない。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ……」


 口からこぼれる言葉が、地面へと落ちていく。


「助け……、る……」


 意識が消えいくその直前。


「……七十五点だな」


 唐突に、ヒイラギの耳元で声がする。


「まぁ、若いからこんなもんだろう。残りの二十五点は、今後の経験次第で何とでもなるからな」


 聞き覚えのある声に、ヒイラギは反応する。


「惟之、……さん?」

「ほらよ、二十五点分だ」


 どん、と背中を押されたような感覚。

 直後にヒイラギの体は押し出され、よろめきながら前へと出る。

 軽くなる体に、壁から抜けたのだと気付く。

 だが、考えている暇はない。


 シヤのリードは、まだか細く光を放っている。

 再びリードを掴み、ヒイラギは走りだした。


 見つめた先の扉はまだ開いている。

 扉を開けている男の横を、すり抜けるように店へと飛び込み、そのまま奥へと走っていく。


「ヒイラギ、一番奥の部屋だ。ただし中は真っ暗だ。冬野君は、部屋の中央に座らされている」


 惟之の声に、ヒイラギは問いかける。


「惟之さん? これって一体?」

「説明は後だ。リードの光で相手はこちらが店に入ったのを気付いている。だが、心配はいらねえよ。俺の指示に従ってくれ。まずは……」

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