第292話 靭惟之は驚く
足早に、だが動揺を知られることの無いように、惟之は淡々とした表情のまま足を進めていく。
惟之に一条の
「
松永は一条の管理地内の一室を指定すると、惟之の返事を待たず電話を切ってしまった。
惟之としても完全に彼を信頼しているわけではない。
なにせ彼は里希の忠実なる部下だ。
その相手からの突然の呼び出しに警戒心はある。
だが今日の面接のことであると分かっている以上、動かないという選択肢は無い。
松永が内密にと言わなかったことを幸いに、出雲へと事情を説明しておく。
同時に自分に何かあった際には、品子と明日人に連絡をするようにと伝え、指定の場所へと向かう。
惟之の所属が解析班であること。
それもあり報告に来たと思われているようで、一条の敷地内ながら引き留められることもない。
自分を指定したのも、そういった理由からであろう。
恐ろしいくらいすんなりと、松永の指定してきた部屋へとたどり着く。
一条内においても奥まった場所にあるこの部屋は、その立地条件もあり辺りに人がいる様子がない。
ノックをして数秒待つ。
返事がないのでそのまま入室するが、やはり彼の姿はない。
松永の様子を、鷹の目で確認しようかという考えがよぎる。
だが里希から言われていた、『余計な介入等が無いように』との言葉もある。
もどかしいが、今は待つしかないようだ。
さほど時間が経たぬうちに、ノックもなしに扉が突然に開く。
現れたのは松永ではなく、全身に怪我を負っている浜尾ではないか。
彼が抱きかかえたつぐみを見て惟之は言葉を失う。
意識もなく、服は泥だらけの姿。
血の気のない彼女の顔を見て、こみ上げる感情のまま強い口調で惟之は問うてしまう。
「浜尾さん、これはいったい? 彼女に何を! いや、……申し訳ない」
当初に言われていた『事情を聞かないでほしい』。
電話での言葉を思い出し、なんとか心を落ち着かせる。
それが出来たのは浜尾と目が合った時だ。
何よりも彼の表情が、詫びたくてもそれが出来ないのだと語っているのだから。
「いえ、冷静なご判断に感謝を。あまり時間がありません。私はこのまま退出いたします」
浜尾はつぐみをソファーに座らせ、そのまま背面側へと回り込む。
事前に準備してあったのだろう。
ガーメントバックを持ってくると惟之に手渡してくる。
「このバックの中に、冬野さんが今、着用している服と同じものが入っています。この周辺にしばらく、一条の者が入らないように私は手配を行います。どなたか女性を呼んで頂いて、彼女の着替えをお願いしたいです。それが終わられたら、速やかにここからの退出をお願いします。……説明は後日になるでしょうが、可能な限り私か松永から、……お話しできればと」
言葉を続けようとする浜尾に軽く手を上げ、惟之はそれ以上の発言を制する。
途切れ気味に語る言葉から、浜尾が一条としての
これ以上、彼に負担をかけるわけにはいかない。
そう考えた惟之は口を開く。
「ここまで来るのにも、相当な無理をなさったことでしょう。一つだけ教えて頂ければ結構です。……彼女の記憶は?」
「大丈夫です。今回おこなった試験の内容は里希様により消されておりますが、これまでの記憶は残っているはずです。一条としては不合格ですが、今回の面接は正式なものではありません。したがって他の所属になることについては問題ないかと」
「そうですか、ありがとうございます。松永さんにもよろしくお伝えください」
語れるだけの範囲でと、当時の状況をかいつまんで話をすると、浜尾は足早に部屋から出て行った。
その背中を見送りながら、惟之はつぐみの着替えを任せる相手のことを考えていく。
「……やはり、ここは出雲だろうな」
そう呟き彼女へと連絡を取る。
品子を呼ぶという考えもよぎったが、今のつぐみの姿を目にしたら。
ここが一条ということも忘れ、品子が何をしでかすか分かったものではない。
すぐに向かうと出雲からの返事を受け、惟之はつぐみの様子を確認していく。
呼吸も脈拍も問題はなさそうだ。
背中に血液の付着があるものの、浜尾の説明によれば彼女の怪我ではないらしい。
後頭部に打撲があるということなので、このまま一度、病院に向かうことも考えていく。
本来ならば明日人に治療を任せたいところではある。
だがつぐみはまだ白日に、正式な所属が認められていない。
彼女が部外者とみなされるリスクもある。
今回は明日人の力を借りない方がいいと判断をし、出雲の到着を待つ。
数分の後、ノックの音と共に「出雲です」と廊下から声が届く。
扉を開き、彼女を迎え入れると簡潔に状況を説明する。
ちらりとつぐみを見て出雲は口を開く。
「五分、時間を頂きます。その間に惟之様は浜尾さんへの連絡と二条での部屋の確保を」
「わかった。すまないが頼む」
互いにうなずき、それぞれの目的を達するべく二人は動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます