第245話 笹の葉は如何様に揺れるのか その4

「うぅ、気持ち悪い。あれが織姫さんのいるお家ですよ」


 ヒイラギの隣でつぐみがふらつきながら、ある大きな屋敷を指差す。

 脱兎を使ったことによりつぐみは乗り物酔いの状態になってしまい、動きがすっかり鈍くなっている。


「うわ、でかい家だな。さすが名前に姫って付くだけあるんだな」


 惟之がいた場所にあった住居とは全く違う様相に戸惑いながら、ヒイラギは織姫が住む場所へと近づいていく。

 長く続いた壁沿いにある大きな屋敷は、赤色の柱に白い壁青い瓦となんだか色に目を奪われる不思議な建物となっている。


「おい、当然だけど門番がいるぞ。どうやって織姫に会うんだよ」

「あ、……えーと、とりあえず話しかけてみましょうか」


 門の前に立つ体格のいい男が自分達に気付き、ぎろりと睨んできた。

 その手には大きな弓、腰に剣を下げ背中には数本の弓が入った筒を背負っているのが見える。

 

「すみませーん。私達、織姫様にお会いしたいのです」


 つぐみは何の遠慮も無く門番に話しかけていく。


「何者だろうが通すわけにはいかない。姫と面晤めんごを許されたものはおらぬ」

「そこを何とかお願いします。大事なお話があるのです」

「いい加減に……」


 そういいながら男が腰の剣に手を伸ばそうとしている。

 つぐみを連れて一度ここから退散しよう。

 そう思いヒイラギがつぐみに手を伸ばしかけたその時。


「いいですよ~。この方達は特別です。案内は私がするので通してあげてくださ~い」


 緊迫した空気も意に介さない、ひどくのんびりとした声が響く。

 もちろんこの声も聞き覚えのあるものだ。

 声の主の姿を捉えたつぐみの顔がほころぶ。

 ひらひらと手を振りながら悠然ゆうぜんとこちらに歩いてくる人物。

 薄紫の衣装をゆるりと着こなすその人、井出明日人に向かいつぐみはぶんぶんと手を振っている。

 渋々といった感じで門番が通すと、彼女は子供の様に嬉しそうに彼の方へと駆け寄っていく。


「やぁ、よく来てくれたね。彦星さんとはもう話は済んでいるのかな?」

「もちろんですよ、井出さん!」

「あれ? 惟之さんや千堂の時は呼び名にすごくこだわっていたのに、井出さんはいいのか?」


 ヒイラギの声は嬉しそうなつぐみの声にかき消されていく。

 

「あっはは~、さすがつぐみさん。優秀だねぇ」

「冬野つぐみ! 後は織姫さんの説得を残すのみ! お任せください! ばしっと織姫さんにお仕事に復帰して頂きますよ!」

「おぉ、頼れる~。気合ばっちりだねぇ。じゃあ案内するね~」

「うわぁ、井出さんも普通に話をしちゃってるよ。なんか俺だけ疲れてるっておかしくないか?」


 気力をそがれたヒイラギは、そのまま彼らの後に付いて行く。


 敷地の中もとても広く、何と池までもがあるようだ。

 織姫の位の高さにヒイラギは驚く。

 現代と違って窓はなく、それぞれの部屋は障子や御簾みすで仕切られている。

 物珍しさについきょろきょろとしながらヒイラギは歩みを進めていく。


「さて、申し訳ないけれど、僕が案内できるのはここまでなんだ。そのまま進んだ一番奥の部屋。そこが織姫様の部屋だよ。一番奥って辺り、なんかラスボスっぽいね~。あはは~」


 いつも通りの楽しそうな口調で伝えてくる明日人の言葉に、どうやらつぐみは気合が入ったようだ。


「任せてください。井出さんにいい結果をお届けするように頑張ります!」

「うん、よろしくね! では、行ってらっしゃーい」

「ありがとう井出さん。じゃあ、冬野。一度この先の方針を、……って、おい! 待てって!」


 ヒイラギの言葉も聞かず、つぐみがずんずんと進んでいくのをヒイラギは慌てて追いかける。

 部屋の前の引き戸につぐみは手をかけると、スパーンと一気に開け部屋の中へと飛び込んでいく。

 

「織姫様! 私の話を聞いて下さいっ!」


 板張りの床をそのままの勢いで進んで行くつぐみ達の前にいたのは。


「あっはーん、どうしようかな~。せっかく冬野君が来てくれたから聞いてあげちゃおうかなぁ。あ、人払いしているから言葉遣いとか気にしないでね~」

「……織姫様。そもそも自身の言葉遣いからいって相応しくありません。つぐみさんが驚いて固まっているではないですか」


 出迎えたのは淡い紫色の艶やかな衣装を羽織り、その上に薄い藍色のベストのような服を重ね着してヒイラギ達に向かい余裕の笑みを見せつけている女。

 『織姫』こと、ヒイラギの従姉の人出品子。

 そしてその隣にはいつも通り無表情でこちらをみつめるシヤが待っていたのだった。

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