第41話 冬野つぐみと靭惟之の場合

「さて、本来なら持出厳禁。だけど、どうしてもっていうから貸したんだ。冬野さんは、まさかそれを見てはいないよね?」


 つぐみへと笑いかけながら、惟之は問うてくる。

 だが、その視線は明らかに自分を観察しているものだ。

 さらに言えば、彼の目は全く笑っていない。

 言葉を選びつつ、つぐみは答えていく。


「どうして、そう思われるのでしょうか?」

「なぜならその資料が君にとって、とても知りたい内容のものだからだよ」

「すみません。おっしゃっている意味が、私にはわからないのですが」

「……まだるっこしい会話は好きではない。ならば、言い方を変えてみようか?」


 惟之は前屈みになり、つぐみへと顔を寄せてきた。

 一転して、怒りを含んだ口調で話し始める。


「君の友達で、現在は行方不明中の千堂沙十美さん。彼女の資料を、君は見たのかい?」

「……」

「どうしたんだい。答えてくれないと、こちらも困るんだけど?」

「それは……」

「それは?」

「それは一体、どういうことでしょうか? 沙十美は今、手足口病で家で療養中です。行方不明になんてなっていません」

「な……」

「確かに話すことはできませんが、スマホできちんと連絡は取れています。グループの皆とも、連絡を取り合っていますから。靭さんがおっしゃっていることは間違いです」


 スマホのトーク画面を開き、惟之へと差し出す。


「そもそもあなたはどうして、名乗っていない私の名前を知っているのですか? その行方不明と言ったことと合わせて、説明を頂けませんか?」

「……もういいだろう。お前の負けだよ、惟之」


 品子が、つぐみの隣へとやって来る。

 まっすぐに惟之を見つめるつぐみの肩へと、彼女は手を添えた。


「彼女に対する、千堂沙十美の情報漏洩じょうほうろうえい。それこそ服務規程違反だ。さらに言えば、私も彼女も話してない冬野君の名前を出した件。これをお前は、どうやって説明するんだ?」


 惟之は何も言わない。


「惟之。お前のその録音が、お前の首を絞めているのを忘れるなよ」

「……」

「惟之、そもそもなぜ」

「……わかった。俺の負けだな」


 惟之が、スマホを再び取り出し操作をするのをつぐみは見届ける。

 録音を止めた様子に、つぐみは小さく息をついた。


「あ、あの。勝ち負けとかはわかりませんが。先生が何か、罰せられるのはもう無いのですよね?」

「あぁ、心配かけてしまったね。すまなかった冬野君。おそらくこいつは、本気で私を罰するつもりは無かったと思うよ」


 品子が、つぐみにやさしく微笑んでくる。

 温かく優しい、見ているだけで安心できる笑顔。

 嬉しさにつぐみも笑顔を返すが、先程までのプレッシャーから解放されたためだろうか。

 途端に足に力が入らなくなってしまう。


「あぁ、良かった」


 そう呟き、思わずその場にへたり込んでしまう。


「え? ちょっ、冬野君! 大丈夫?」

「大丈夫です。よかった。先生に迷惑が掛がらなくて本当に良かっだよぉ」

「冬野く……、って、うわっ泣いてるし。わぁ、鼻水も出てるし。女の子がこの泣き方はちょっと。惟之っ! ティッシュ持ってきて!」


 ゴシゴシとティッシュで、品子に顔をこすられる。

 わんわんと泣き続けるつぐみに、品子は落ち着くように言っては、頭を撫でくれた。

 しばらくそうしてから、品子は惟之と話があるからと二人で外へ出て行く。


 ひとしきり泣いて落ち着いた頃、今度はヒイラギとシヤがリビングへと戻ってきた。

 品子の指示で、二人は別室にいるように言われていたことをつぐみは聞かされる。

 先程までの話の内容は、シヤの力で聞いていたということだ。


 ヒイラギが、『まぁ。お前、頑張ったよ』と語りかけてくる。

 嬉しさとまだ落ち着かない混乱から、つぐみはまた泣きはじめてしまう。

 それを見たシヤが、無表情ながらもつぐみの頭を撫でてくれた。


 戸惑い気味のシヤに撫でられる。

 そんな珍しい体験をしながら、しばらくつぐみは泣き続けた。

 泣いたことにより疲れたが、心は涙が出た分とても軽い。


 自分はきちんと品子の役に立てただろうか。

 そうだったらいい。

 そうあるようにと、つぐみは願うのだった。

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