第226話 人出品子と井出明日人は争う その2
つぐみがハラハラとした気持ちで見守る中、二人の会話はヒートアップしていく。
「いいかい、明日人。お
びしりと音がしそうな勢いで、品子が明日人を指差し叫んでいる。
「……いや、何ですか? 『お麩ちゃん愛』って」
つぐみは小さく呟いただけだったが、一連の流れに耐えられなかったのだろう。
惟之が思わず声を上げてしまっている。
「何だよ、そのお麩ちゃんあ……」
「黙れよ、たれ目!」
品子が一喝して、惟之を睨みつけている。
「そうですよ、たれゆきさん。あなたはそこで、僕達が結論を出すのを無駄に目尻を下げて、見やがってくださればいいんですよ」
続けざまに、明日人からも鋭い声が飛ぶ。
「いや、明日人。お前さっき俺のことを、『たれゆき』って言っ……」
「何を言っているんですか? こ・れ・ゆ・き・さ・ん?」
とても綺麗な笑顔で一文字ずつ区切りながら、明日人は惟之の名を呼んだ。
その笑顔につぐみと惟之は、もはや言葉を発することすら許されないのだと悟る。
つぐみは二人のそばにいる惟之に、台所の方に来るように小さく手招きをした。
そばにいれば、被弾率も上がる。
惟之もそれに気づいたようで、つぐみの隣に移動してきた。
彼の移動を、戦闘再開の合図と捉えたかのように品子が口を開く。
「いいかい、明日人。お麩ちゃんはな、高たんぱく低カロリー。そしてミネラル豊富な女性にうれしい食品なんだ。ここはレディファーストで、私に譲るべきではないか?」
具体的な説明につぐみはうなずきながらも、なぜそんなに麩に詳しいのかと品子に疑問を抱く。
反撃と言わんばかりに、今度は明日人が口を開く。
「駄目ですね。その理論でいけばつぐみさん、シヤさんだって該当するわけですよ。となると、三人で誰にする? となる位なら僕が食べた方が良いに決まっているではないですか」
なんというこじつけだろう。
そんなふざけた理論が通用するわけがないというのに。
「え、それってただの屁理屈ではないですか?」
思わず呟いたつぐみに、隣に居た惟之が反応する。
「いや、冬野君、そうでもなさそうだ。品子を見てみろ」
「あ、はい。……ってうそっ! 先生がすっごい『ぐぬぬ』って顔してるー! 効いてる! 効いちゃってるんだ!」
そんな二人の実況を知ることもなく、品子達の戦いは続いていく。
「ま、まぁ確かに。それを言われたら、三人で争奪戦になるな」
「そうでしょう! ついでに言えば品子さん。お麩ちゃんについて今、語っていましたけど、僕だってお麩ちゃん愛は負けていませんからね!」
いつもなら品子がよくする、ニヤリとした笑みを明日人が浮かべている。
「お麩には、
「当然だ、『農産乾物の四天王』だよ!」
「さすがですね。……正解です」
今度は明日人がぐぬぬ顔になるのを見届けながら、どうしてもある疑問が頭を離れない。
同じ疑問を抱いた惟之が、つぐみへと問いかけてくる。
「なぁ、冬野君。なんであいつら、あんなに麩について詳しいんだ?」
「そうなんですよね。私もそれは先程から思っていました。お二人が優秀なのは十分、理解はしています。でも、今回の内容はあまりにも専門的すぎます」
「あぁ。しかもあいつらから普段の会話で、そこまでの麩に対する話を俺は聞いた記憶がない」
その言葉に、つぐみにある仮説が浮かび上がる。
「靭さん。あの二人が家に着いてから、どちらかの姿が見えなくなった時ってありました?」
惟之は、わずかに頭を傾けながら答えてくる。
「ん。……そうだな。確か明日人は、四条に連絡することがあったと言って五分ほど外にいたな。あぁ、そうだ。そのタイミングで品子も、化粧を直したいとか言って席を外していたよ」
「……それですね、謎は解けました」
つぐみの中で仮説は確信へと変わった。
だがこの上級発動者ともあろう二人はなぜこんなことに、無駄にエネルギーを費やしているのだろう。
そう思いながら惟之に話を始めていく。
「靭さん、恐らくですが。この家に来て私からお麩の話を聞いた二人は、それぞれ一人になったタイミングでお麩について調べたんだと思います」
「はぁ? なぜ、そんなことをする必要が?」
呆れる様子を隠すことなく、惟之はつぐみに尋ねる。
「きっと自分の口先で他の人を言い負かして、お麩を食べる権利を得ようとしたのでしょうね」
つぐみの頭の中に、それぞれこの木津家の外と洗面台での二人の姿が浮かぶ。
必死にスマホを使い、調べものをしている二人の姿。
物凄い形相で、だが口元には果てしなく悪い笑みを浮かべている二人の姿だ。
状況を理解した惟之が顔をしかめて呟く。
「醜いな……」
「えぇ、とても醜いです」
つぐみが苦り切った表情で答える。
そんな自分の隣から、今度は惟之ではない声が掛けられた。
「本当だよなぁ。あれで二人そろって成人済みだって言うんだから、悲しくなるよなぁ」
「そうなんですよねぇ。……って、え?」
返事をしておきながら、その声につぐみは驚く。
いつの間にか、自分の隣にヒイラギがいたからだ。
「ただいま。惟之さん、冬野」
「お、おう。邪魔しているぞ、ヒイラギ」
「お、お帰りなさいませ。ヒイラギ君」
突然の彼の登場に慌ててしまい、おかしな答え方をしてしまった。
そんな様子にヒイラギはちらりと自分を見てくる。
「お前がそんなに動揺するほど、あの二人は何してるんだよ?」
「それがですね……」
かいつまんでヒイラギへと事情を説明する。
「えっ? この殺伐とした雰囲気の原因が、お麩なのか? 本気か? あの二人」
残念だが、二人とも本気だ。
さらにいえばその本気に、惟之は二度ほど容赦なく心をえぐられている。
「面倒見のいい惟之さんが、仲裁しようとしてここに残っているのは分かるんだけどさ。冬野はなんでシヤ達と一緒に避難しなかったんだ?」
「あぁ、ヒイラギ君。もう避難とか言っちゃうんだね。それじゃあまるであの二人が災害みたいな、……ものか。うん」
深くうなずき、さとみに言われたことを話す。
「実はさとみちゃんから二人を仲直りさせてって頼まれているの。だから二人がもう少し落ち着いたら、仲裁に行きたいなぁと思っていたんだけど」
実際のところは互いにヒートアップする一方で、落ち着く気配は全く感じられない。
「とりあえず私はもう少し様子を見て、声を掛けてみようと思う」
「しゃあねぇな、あの二人は。冬野には、よっぽどひどいことは言わないと思うけど。まぁ、俺もここで一緒に見ててやるよ。惟之さんは、とばっちりが来そうだから俺達に任せて」
「何だかすまないな。ヒイラギ、冬野君。頼んでいいだろうか?」
申し訳なさそうに惟之が自分達に謝って来るが、むしろ謝りたいのはつぐみの方だ。
今、この部屋で最も傷つけられたのは、間違いなく彼なのだから。
ヒイラギという援軍を得たつぐみは、ごくりとつばを飲む。
声を掛けるタイミングを計ろうと、改めて皆で品子達を見つめるのだった。
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