第265話 冬野つぐみは心を読む
「蛯名様。大変、失礼いたしました。先程の質問の私なりの答えを」
つぐみはわき腹に当てていた手を静かに降ろしていく。
「確かに私たち兄妹の間において、よからぬことが起ころうとしておりました。ですがそれは未遂に終わりました。この件をきっかけに家族での話し合いの結果、互いに離れるべきであろうとの判断で、私は祖母の元で生活することになったのです」
つぐみはありのままに事情を話していく。
別に偽る必要など無いし、隠すこともない。
彼はこの出来事の内容と結末など、既に把握しているのだから。
つぐみが動揺して嘘をつかないのか。
または偽証をした時点で、里希はこう言うのだ。
『自分の上司になるであろう人物にすら、嘘をつく人材など必要ない』
あるいはここでつぐみが退室をすることにより、上に立つ自分が信頼できないのかという事実を作る。
そういった理由でつぐみを不採用にするのが彼の目的なのだ。
ならば自分は断ってくるであろう理由は全て潰しきる。
そうすれば相手は不合格にする理由がない。
不合格に『出来なく』するのだ。
その状態にしてこの面接を終わらせる必要がつぐみにはある。
さらにいえばだ。
「先程、人出様がおっしゃったように私は二条の靭様、三条の人出様、四条の井出様から推薦を受けてこちらにおります。これにより私は蛯名様に、と言いましょうか。一条に対して出来ることがあると考えております」
つぐみを一条に入れることで、メリットがあるのだと思わせねばならない。
この発言に彼は興味が惹かれたのだろう。
「ほぅ、冬野さんは私に何を」
ほんの少しだけ目を見開くと、穏やかな笑顔をつぐみへと向けてくる。
「
「そうですか。なかなか柔らかな考えですね。ですが」
里希はすっと笑みを消し去る。
「一条においてはそんな仲良しごっこなど求めていません。生ぬるい他の所属の人達には、それはさぞお似合いでしょうがね。私が欲しいのは可愛がられて喜ぶマスコットではないのです。有能な人間が欲しいのですよ。理解できますかね、……マスコットさん?」
今の一言で、こらえきれなくなったのであろう。
後ろにいた品子が、強い口調で彼へと言い返す。
「里希、その言葉を撤回しろ! いくら君が上の立場であろうとも、人を侮辱していい訳がな……」
「構いません、先生。蛯名様、私がマスコットだとおっしゃいましたね」
品子の言葉を遮るような形になってしまったが仕方がない。
今までの会話で、つぐみは彼の心の一部に触れたと思える節があった。
一つの仮説を立て、そのまま彼の話す言葉を聞き取り、確証を求める。
それを得るためにつぐみは動いていく。
「えぇ、今のところは撤回するつもりは無いですよ。なぜならあなたは、その上級発動者三人に取り入って、ここまで来ているとしか私は判断していませんから。今も心地よかったでしょう? 大好きな人出さんにかばってもらえて。嬉しかったのでしょう? 自分のために上の存在にすら食って掛かる彼女の姿を見られて」
軽蔑と憎しみ。
この二つの感情が入り混じった顔つきで里希は問いに答える。
推定は少しずつ確信へとつぐみの中で変わっていく。
「先だっての、落月の発動者による連続行方不明事件。私はこの事件に関わりました」
声が裏返りそうになるのを堪えるため、ゆっくりと話す。
相手から目を逸らすな。
お腹にぐっと力を入れ、深く息を吸い込む。
言葉を区切ったことで、里希から言葉が掛かる。
「えぇ、もちろん知っていますとも。これがきっかけで、あなたは私達の存在を知ったわけですからね」
彼が話している間に、ゆっくりと息を吐き出す。
そうして自身の心を落ち着かせていく。
同時に少しでも多く会話を続けて、彼からの情報をすくい上げる。
相手の言葉を引き出し、促しながら会話を進めていくのだ。
「何も知らない一般人の存在であった私が、この事件の犯人に接触し、これがきっかけで事件は解決に向かったと考えております。事件の当時、解析班の二条では犯人の奥戸ですら把握できていなかったのでは?」
つぐみの言葉に里希は「ほぅ」と呟く。
彼の唇に浮かんだのは笑み。
「つまりあなたは、自分が二条の解析班より優れていると言いたいのかな?」
「そこまで申し上げるつもりはありません。ただ……」
ちらりと後ろに立つ品子の方へと視線を向ける。
「少々、人出様の行動は危険であるとは感じました。私が白日を知るきっかけになったのは人出様の行動からでしたから」
再び視線を里希へ戻し、品子からは見えないように『あえて』挑発的に小さく笑ってみせた。
そう。
それはまるで「品子は短絡的な行動をしやすい人間だ」とつぐみが思っているかのように。
それを「里希だけに」伝えるかのようにつぐみは動いて見せる。
この態度に、彼がわずかながら見せたのは不快感。
だがそれも一瞬のこと。
口元へ手を持って行くと、愉快そうに彼は笑いだす。
「そう、その通りだよ冬野君。人出さんはね、いつもそうなんだ。いつもそうやって勇み足で行動してしまう。ふふっ、よく見ているではないですか。なるほど、自分は発動者ではない一般人。だが、ただの一般人ではない。君は自分をそう言いたい訳だね」
「どうとらえて頂くのかは、蛯名様のご自由です。ですが少なくとも、私が何も手土産になるものも持たずに、ここに来ているわけではない。それにお気づき頂けたらと言うことと……」
手が震えてしまいそうだ。
今までに、こんなはったりを言うことなど無かったのだから。
だけど今が、この瞬間が一番、大事な場面なのだ。
だから絶対に逃げない。
――逃さない!
彼が自分を見下して、断ろうとしているというのならば逆にチャンスでもある。
里希がつぐみに利用価値があると判断すれば、初めに下に見ていた分だけ評価は大きく
ここで冬野つぐみを逃してもいいのだろうかと思わせるのだ。
もはや緊張という状態はとうに超え、叫んで逃げ出してしまいたくなっている心。
それをつぐみは強く引き締める。
ごくりとつばを飲み込み、里希へと言葉を放つ。
「私は一条に。蛯名様に出来ることがあると思ったからこそ、ここに居ます」
さぁ、はじめよう。
白日に所属するために。
自分達の未来を変えていくために!
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