第182話 冬野つぐみは心を探る

「お疲れですね。靭さん」


 台所に来たつぐみは、惟之に声を掛けながら隣に座る。

 

「そうだ、シヤちゃん。よかったらシヤちゃんもスイーツピザ食べてみて!」


 シヤを笑顔で見上げながら、つぐみは声をかける。

 つぐみの提案に彼女は穏やかな笑みを浮かべ、リビングにあるホットプレートの方へと歩いていく。

 これで惟之と二人だけで話が出来るようになった。

 今気づいたというふりをして、つぐみは惟之に声をかける。


「靭さん! そういえばこうやって、二人だけでお話するという機会はなかったですね」

「あぁ、そうだね。いつもはだいたいあちらのやつらが、ぎゃあぎゃあ言っているからね」


 横目でちらりと、惟之の顔をうかがう。

 その賑やかな人達を見て、彼は嬉しそうに目を細めている。


「最近はそんなに、お疲れになるようなお仕事を抱えているのですか? あぁ、そう言えば。昨日も先生とここで、打ち合わせをしていたようですし」

「いや、昨日の件は……。仕事では、ないかな。奥戸の事件も終わり、俺個人としては今はそんなに忙しいわけではないんだ」

「そうですか。では、その仕事ではない件でのお疲れだったんですね? 何か、私に出来ることがあれば。……そうだ! それこそ私の観察眼で、そのお手伝いは出来ませんか?」


 つぐみは、惟之の顔を見て微笑む。

 その行動に、彼は誘われるように静かにつぐみへと笑いかけてくる。


「ありがとう。そうやって君に言ってもらえるだけでも、嬉しいものだな」

「……言ってもらえるだけでは、いけませんよ。私だって、……役に立ちたいのですから」


 少し悲しげな表情を見せて今一度、つぐみは惟之の顔を見つめ、その後に微笑んでみる。


 だが、これは本当のつぐみの気持ちなのだ。

 どうか抱え込まないで、自分にも手助けさせてほしいと願っているのだから。


 つぐみの憂いの表情を見て、心配をかけていることに心を痛めたのだろう。

 惟之は、少し上ずった声で話し始める。


「そうか、……そうだなぁ。まぁ、たとえばなんだが。ずっと疑問に思っていたことがあったとして、そのヒントがようやく見つかりつつある。そんな時の動き方について考えているんだ。以前はそれで大きな失敗をしてしまっていてね。だから次こそは、そうならないようにしたい。……だがそうすると、そのヒントを逃してしまいそうだ。そう、焦ってしまうんだ」


 惟之はサングラスに触れながら、ゆっくりと話す。

 言葉を選んでいる。

 まずそれが感じ取れた。

 以前にあった出来事を調べなおしている。

 あるいはそれについて、何かしらの進展が最近あったのだろう。

 そしてこれは、たとえ話ではないだろうとつぐみは推測する。


「つまりその問題を今、靭さんと先生は二人で抱えているわけですね。せっかく見つけたヒントというのなら、逃がしてはもったいないですね。……そうですね、私だったらですよ」


 つぐみは自分を指差しながら続ける。


「以前にはなかった協力してくれる方がいるのであれば、その方に力を借りるということを考えます。うーん。例えば、私とかどうです? そのヒントを探すのに結構、適しているような気がしますよ。あ、でも私。まだそのヒントすら知りませんが」


 くすくすと笑いながら、改めて惟之の顔を見据える。

 ……ここですぐに、話してもらえるとは思ってはいない。

 だが『何かあれば話そうか』という印象は、これで与えられたはずだ。


「……ありがとう。その際には君に、助言を求めるかもしれないな」

「はい、いつでもどうぞ! 冬野つぐみ。二十四時間対応で、受け付けていますから! その際にはぜひ!」


 どんと胸を叩いて、つぐみは席を立つ。

 あまり追及し過ぎても警戒される。

 今日は、ここまでにしておいたほうがいいだろう。


 さて、次は……。

 部屋を見渡す。

 明日人がホットプレートの前で、一人でいるのが見える。

 シヤは、品子とヒイラギの三人で話をしている様だ。

 さとみは、……なんだか少し眠そうに見える。

 つぐみは明日人に近づき、声を掛けた。


「井出さん。さとみちゃんが眠たそうなので、私の部屋に彼女を連れて来てもらってもいいですか? 先に私、お布団を準備してきますから」 


 その言葉に、明日人はにこりと笑う。


「もちろんいいよ! あ、歯磨きとかもさせておいた方がいいね。少し待たせるかも。おーい、さとみちゃーん。こっちにおいで。歯磨きしようか」


 手をつなぎ、明日人は彼女を洗面台へ連れて行く。

 それを見届けてからつぐみは部屋へ向かい、布団を敷いて二人が来るのを待つ。

 しばらくして明日人は、さとみを抱きかかえて部屋に入って来た。

 

「ごめんね。歯磨きの途中で、さとみちゃん力尽きちゃって……」


 申し訳なさそうに謝っている明日人に、つぐみは思わず笑ってしまう。

 明日人はそっと、眠っているさとみを布団に寝かせた。

 そうして優しくさとみの頭を撫でてから、布団を掛け直している。


「こちらこそ、お願いしてしまってすみませんでした。そう言えば井出さんは、お仕事とか大変ではないですか? 今日も時間に無理をして来て頂いてる、なんてことがないといいのですが」


 申し訳無さそうに話すつぐみとは対照的に、明日人からはのんびりとしたいつもの口調で返事をされる。


「大丈夫~。僕の所属の四条は、今は『祓い』の待機中だから。だから今は、お仕事は受けていないからね」

「そうなんですね。ではその『祓い』が終わると、忙しくなるのでしょうか?」

「どうかなぁ? 基本的に僕は、公の仕事に出ないからなぁ。そういった意味では奥戸の事件の時は、珍しい依頼だったわけなんだけどね」

「なるほど。井出さんは普段は公の仕事にはいかな、……っといけない! お仕事の話は、さすがに聞いてはいけなかったですね!」


 今度はつぐみが謝る。

 そんな自分に明日人は、にこにこと笑いながら続ける。

 

「ううん、気にしないでね。ごめんね。逆に気を遣わせちゃった」

「そんな! こちらこそ、立ち入った事を聞いてしまいました」


 以前、同じように明日人自身の発動能力の話になった際は、話をしてくれていた。

 だが今回、はぐらかされてしまった。

 自身のことならば話せるが、仕事は話せないということなのだろう。

 公の仕事はあまり受けない。

 つまりは、例の『いなくなる』の対象からは外れてくれるのかもしれない。


「あっ! ごめーん。ちょっと、電話かかってきちゃったみたい!」


 明日人はスマホを手に、部屋を出ようとしている。

 彼とは、他の皆と違って会える頻度が少ない。

 先の予定を聞いて、もう少し行動を把握しておきたいところだ。


「井出さん。よかったら第二回のタルト会の話をしたいんですが……」

「そうなの? わかったよ〜! 電話が終わったらもう一度、ここに戻るようにするね! 少し待っててね!」


 とっさの話を疑うことなく、明日人は部屋から出ていく。

 彼が戻ってきたら、タルト会を口実に今後の予定を聞いておこう。

 後は何を聞いておけばいいだろうか?

 彼は治療班だから、『少し動きすぎる』という対象には入れなくてもいいとは思うのだが。

 さとみの頭を撫でながらつぐみが考えをまとめていると、電話が終わったであろう明日人が再び部屋に戻って来た。


「ごめんね。ちょっと取り急ぎの用件だったから。……えーと、それでね」


 彼は何だか話しづらそうに、視線をさまよわせている。

 先程までの快活な様子との違いに、つぐみは思わず戸惑ってしまう。

 先程の電話で、何かあったのだろうか?

 そう考えていると明日人は目を閉じ、小さく息を吐く。

 

「井出さん?」

 

 問いかける声に再び目を開くと、真面目な表情でつぐみを見てくる。

 ゆっくりと明日人は、つぐみへと問う。


「つぐみさん。あのね、違ってたらごめんね。……今、何か困っているの?」

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